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時空を越え、風流人の心意気を感じる
ここは333年前、松尾芭蕉が通ったと思われる石巻市曽波神地区である。
部落の入口に立つ石碑が私を江戸時代へといざなってくれた。
彼が333年前に訪れた時節は新暦で言えば6月。
この時期は或いは梅雨時だったのかも知れない。
よしんば梅雨の晴れ間であれば、彼の目にはこれに近い風景が展開したに違いない…
私はそれを思うに相棒のシェルパとともに胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。

この部落に現存する古い建物を探して廻るとこんな建物と遭遇した。
由緒正しい農村の日本家屋であるが震災で被害を受けたせいだろうか?
生活の匂いが感じられないのは残念だがこんな建物が今でも現存するのはうれしい限りである。


このあたりは本当に石碑の多い場所である。JRの線路わきにもこんな石碑が見られた。
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※今回掲載した記事の行程は1~3までのセクションです。
撮影場所を地図でご確認ください。
ここまでの撮影箇所は1の場所です。

これは昨日の投稿で約束した愛宕山の遠望である。
この山に曽波神社が祀られている。(撮影箇所2より)
そんなせいもあってか、私にはこの山がひと際神々しく見えた。

ここで私がバイクを止めた理由とは?
読者の皆さんには川のそばに存在する「あるもの」に是非注目してもらいたい。

赤の□で囲まれた部分は水位測定のメジャーである。
震災の津波でここの水位も上がったのだろうか?
それにしても向こう岸に見える部落、鯉のぼりがやけに気になった…
私はこの大河の河口、石巻に生まれ育っただけにこのような未知なる上流に見る情景は無条件に感動に値するものである。

これは河原に現存する非常に古い石碑で、地図の3に近い場所で撮影したものである。
以下の写真の撮影箇所:全て地図上の3。

更に北上すると河原沿いの別れ道にも石碑が存在しているのを確認できた。

そして川の堰堤沿いに走ると更にこんな石碑を発見した。
この辺は石碑の宝庫と言ってもいいくらいである。

この部落側に小さな神社を発見した。

この石碑は天保時代に立てられたものらしい。
こんにち、この石碑が立った時代背景を改めてたどってみたいものである。

小さな神社から離れること数十メートル、私はある神社の境内に到着した。その名は八雲神社。
かすかでもいい。果たしてここで往時の芭蕉の息づかいが聞こえるのだろうか?

車の祈祷所もある神社が八雲神社である。

奥の細道、ついに私は333年前の芭蕉の足跡にたどり着いた。

風流人芭蕉の句が石碑に刻まれていた。

高瀬舟、ヒラタ舟、牡鹿半島各地から往時ここは多くの船が出入りしており、水運の盛況を呈していたようだ。芭蕉はここで何を感じこの句に歌ったのだろうか。

そんな疑問を感じながら私は川の対岸を眺めてみた。

私の思いをよそに岩手北部を水源とする北上川はこの日も悠然とその流れを湛えていた。
舟渡のかすかな痕跡を期待した私だが残念ながら往時を想像させるものはなにもなかった。
やはり333年前のこととなると今となっては想像するしかないのである。

「川上やこの川下や月の友」
稀なる風流人の目にはこの日の月は眩しく、この大河も月の友のように見えたことだろう。
私にはそんな彼に思いをはせた。
彼はやがて散りゆく桜の如く華やかに、そしてはかなく思えた。

次回はこの地区に現存する古き良き建物を中心にお伝えする。どうぞごお楽しみに。
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