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 333年前芭蕉が歩んだ旧道をたどる
 連休前半の中日となったきょう、私はかねてからターゲットとして決めていた松尾芭蕉の歩んだ旧道2か所をシェルパでたどる小旅に出発した。今回お伝えするのは1カ所目の東松島市編である。

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後ろの道路は現在の国道45道線である。

これは松尾芭蕉が333年前に歩んだ道であるが、今回私が訪れたのは黄色のラインの分である。

赤○印が上の写真を撮影した場所、赤□印は次に紹介する上下堤、矢印は順路を示す。

ここはさっきの国道から500メートルほどしか離れていない場所であるが、上下堤の碑が立っていた。

昭和初期までは道の両側に松の大木が立ち並んででいたというのは驚きである。

この新しい石碑と道を隔てた向かい側に古い石碑がまとまって立っている。
大きなものは明治初期、他の物はそれ以前のもののようである。

桜の老木も松尾芭蕉の行く手を見送ったのだろうか?
古い石碑と桜、私は江戸時代にタイムスリップしたかのようなロマンを感じた。

少し走ると田園地帯に抜けた。松尾芭蕉もこんなのどかな田舎道をきっと歩んだに違いない。

この道の突き当たりは林も確認でき、往時の面影を残しているのかも知れない。

私は吉田川の堤防の上の道を走り、再び国道45号線に戻った。

国道45号線をひた走り、30分後に次の目的地である曽波神社に到着。後で紹介するがこの神社がある山は愛宕山といって遠くから見るとお椀を伏せたような形をしている低い山(95メートル)である。
※曽波神社の位置と順路を地図でご確認ください。

神社の前は三角地帯となっているので車で来た人も駐車には事欠かないようだ。

3、4分で中腹にある神社が見えてきた。

「これが石巻市街?!」これは途中で視界が開けた場所から撮影した写真であるが、生まれ故郷の石巻のアングルとして初めて見るアングルであった。
太宰治の娘、津島裕子の作品「火の河のほとりで」の舞台ともなった旧北上川河口である。

心臓破りの坂を登ること15分、息を切らしながら山頂に到着、ここにも神社が祀られていた。

登頂したご褒美に珍しいものを確認できた。

次回は芭蕉が川を渡ったとされる河南町鹿又の船渡しetcを紹介する。どうぞお楽しみに!
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