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心は昔に死んだ…けれどもどこかでお前は待っていてくれる。きっとお前は風の中で待っている…
旧道中山道探索の大きな手掛かりとなる文献を手に入れた。それは「中山地区平成風土記」という本である。それは私の頭の中で点が線に成り得る瞬間でもあった。
 
 3月初旬に訪れた青葉区新坂通り(旧大願寺前丁)の大願寺の門の脇の道標べをよく見てもらいたい。確かに中山峠と刻まれているのだ。
 
 旧道巡りをして点が線になっていく瞬間はこの上ない興奮を覚えるものである。…そんな興奮がこの日の私を昔人に成り切らせていた。どうせ昔人に成り切るならさまよえる渡世人でもある私と境遇のよく似た木枯紋次郎に成り切るしかあるまい…
 今から107年前の地図をよく見てもらいたい。(この地図は中山地区平成風土記から転載)
3月20日の旧道根白石街道(中山道)探訪で私は赤い線のルートを散策した。
※左の水色に塗った場所は「うどう沼」という場所である。

前回掲載した現代地図の中の旧中山道。この二つの地図をよく見比べて欲しい。
なんと!107年前には現在私の住んでいる中山地区は山の奥の起伏に富んだ山々の一角に過ぎなかったのである。

現在の航空写真にプロットした旧中山道の推定行程(赤)、中山不動尊鳥瀧神社(だいだい)、鳥瀧不動尊に達する山道(黄色)、うどう沼(水色)

これは終戦後、1950年米軍撮影の航空写真だが1905年当時とあまり変わってないのがわかるだろう。

現在のうどう沼はすっかり住宅地に囲まれてしまった。
でも45年前の子供のころ、私が訪れた「うどう沼」は奥深い山奥の沼だった。
今では全く想像できないことかも知れない…
それは沼の精の存在さえ感じさせるような神秘を漂わせる沼でもあった。

 私の記憶が甦った。「あっしには関わりのねえことでござんす…」そう思いたいのは本音であるが、そうは行かないのが現世というものである。渡世人の前に行く手をはばかるものがあれば彼の如く時として一本刀を鞘から抜くことも必要なのかも知れない…現代を生きる渡世人の心には嵐が吹きすさんでいた。
 
 この沼は今でもたまに訪れる。この沼は現代社会に生きる吹きすさんだ渡世人の心を癒してくれる。紋次郎の如く、心はとっくに死んだはずの私だったが、ここに来る時は全く違っていた。45年前と全く変わらぬこの光景は私を過去(山奥を縫う旧道脇のオアシス)へといざない、心を癒し、いつの間にか人生の絶望から救ってくれていたのだ。
 
「きっとお前(うどう沼)は風の中でも嵐の中でも、渡世人である私の来るのを待っていてくれることだろう。例え私の精神が疲れ果て、心は渇いていても…。」

この文献を手に入れ、私は旧道中山道の大きな手掛かりを掴んだ。乞う、ご期待!
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