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   あれから一年…
 真冬の津軽半島出張からちょうど一年経った。それは私にとって生涯忘れぬことのできないものとなった。
 つい最近、その貴重な体験を更に自分の心に深く刻む意味でこんな本を購入した。
「太宰治と旅する津軽新潮社発行
この本は太宰執筆の「小説津軽」の写真入り解説書と言っていいだろう。

 皆さんはこの写真を見てどう思われるだろうか?これは主要道路を外れた幹線道路である。(2011年1月撮影)信じられないかも知れないがこの山のほうに向かうとひとけが全くなくなり荒涼殺伐たる山、原野が広がるばかりなのである。
 
 津軽半島の道の外れはこのように除雪もままならない。したがって冬の行動には大幅な制約が生じてしまう。これは冬場の雪国の定めであり不自由ととらえるしかないのか…

 今年の冬は仙台で過ごしているが、この本を読んで津軽の地吹雪や荒れた海を再び思い出した。昨年冬の津軽出張は利便さに慣れた自分の生活のリズムをリセットし、新たな自分のありかたを見直す絶好の機会であった。
 また津軽半島の大自然の見せる威厳を前にして、自分の存在の小ささを思い知った瞬間でもあった。

 これは陸奥湾沿いの蟹田から望んだ青森市街地である。私の目には水平線のかなたにビルの蜃気楼が浮かんでいるように写った。
 
 太宰も人生の蜃気楼を見てそれを自身の小説に綴ったことだろう。でも彼の目から見える蜃気楼はどんな風に写ったのか…果たしてオアシスだったのか?
それとも子供のころ子守のたけに見せられた寺の地獄絵だったのか…

 龍飛岬には他の地域にはない独特の寂寥感が漂う。これは本州最果ての地のみの出せる雰囲気である。
 
 昭和19年に訪れた太宰自身、「この龍飛は岩と水ばかりでただ恐ろしいと言うしかない…紫色のジャンパーを着たにやけた男(太宰自身)にはそぐわない場所でアイヌの老人でも連れてくるしかない。」と語っている。有数の辺境地でもある龍飛岬は太宰が68年前に訪ねた時と少しも変わっていないはずである。

「不自由という名の感動をけして忘れまい。」
不自由さを体験したからこそ、今の自由が尊く感じられるのだ。
転じて煩悩を捨てることが心理への道に繋がるのだ。
太宰よありがとう!再び逢える日を!
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