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         長編小説「暗夜行路」
   大正6年5月、妻康子(後列右から2人目)、友人武者小路実篤(後列右から5人目)、柳宗悦(後列中央)らとともに千葉県我孫子にて。父との和解を得る三ヶ月前の直哉(後列右から3人目)。多くの良き仲間に囲まれた直哉夫婦の表情が明るい。

 彼の人生観(生と死は隣り合わせである)は「城之崎にて」を読んで、また父親との確執と和解は「和解」を読んでわかっていた。「城之崎にて」が点(志賀直哉の一部分)であれば「和解」は線といっていいだろう。それ故に私が「暗夜行路」 に寄せる期待は大きかった。
 
 彼は封建制度のなごりが残る家に育ち、家督として立場を負い、その生い立ちは私との共通点を感じさせるものである。また偶然にも彼の生家(現石巻市住吉町)と私の生家は100メートルしか離れてない。
 
 そんな経緯もあって、彼の唯一の長編小説「暗夜行路」は私にとって、もはや避けては通れないものになっていた。
※中編小説「和解」へのリンク http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/29210086.html
※小説「城之崎にて」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/28846600.html

暗夜行路目次
私は昨年末の12月から少しずつこの小説を読んでいた。
それは仕事の合間でもあり、読破には約一ヶ月を要した。

ストーリーは彼の幼少時から始まる。
序章は祖父の紹介から始まるが、彼のその後の波乱万丈の人生を予感させるものがある…

         暗夜行路 あらすじ(ミックオリジナルアレンジ)
 母が亡くなった6歳の時任謙作(ときとうけんさく)は根岸に住む祖父に引き取られる。子供ながらなぜか彼は祖父を卑しく感じ馴染めなかった。やがて成人した彼は莫大な父の財産をバックに小説を書きながら芸者遊びなどで放蕩の限りを尽くす。そんな彼も兄信行とは親密だった。
 
 そんなある日女学校を卒業した幼馴染の愛子に信行を通じて結婚を申し込むが一方的に断られる。謙作は行きつけの芸妓の登喜子を好きになるが、愛子との破談の傷が癒えず、夢中になれない。その間、彼は祖父の妾お栄に惹かれていく。
 
 そんな日常に行き詰まりを感じた彼は小説執筆のため広島の尾道に行く。そして瀬戸内海を見下ろす部屋で、短文・小説執筆に没頭する。しかし、彼はお栄に会いたくなり彼女に結婚を申し込もうと信行に相談する。しかしこれはお栄が断ったとで破談になり、更に父の激しい怒りをかう。
 ※瀬戸内海を望む尾道時代の彼の書斎
 この時、信行から自分が母と祖父の間に生れた不義の子だと知らされ、それが原因で愛子との縁談が破談したことを知る。彼は人生最大の衝撃を受け体調を崩し、医者の勧めで帰京した。お栄に対し心変わりした謙作は京都に住まいを移すことにした。
 
 そんなある日、散歩中に会った直子に一目惚れし、結婚を申し込む。 謙作は自分が不義の子であることを仲人に知らせたが、かえって逆境に立ち向かう立派な人間として認められ、晴れて直子と結婚する。やがて長男ができたが病気で必死の看病の甲斐なく死んでしまう。謙作はその祟られた人生を呪い苦しむ。
 
 そんな時、お栄が朝鮮で無一文で困っているとの知らせが入る。お栄を連れて、家に戻ると直子がなにかよそよそしい。謙作の留守中、従兄と間違いを犯したらしい。まもなく直子の妊娠が判る。自分の子供だと判っていても、どこかに不信感がぬぐえない。女の子が生まれ、順調に育っていく。しかし、謙作は健康を害し、苛立つ毎日を過ごす。
 
 そんな中で彼は別居を覚悟で、鳥取県の大山(だいせん)にある大乗寺を訪ね、新天地を求める。しかし、体の不調をおして大山に登ると途中で体が動かない。、彼は途中で引き返し死をも覚悟したが不思議な陶酔感を覚える。それは仏教でいう涅槃の心境であった。翌朝なんとか自力で泊っていた寺に帰り着く。謙作の急病を聞き、京都から飛んできた直子は愛情に満ちた眼差しで、謙作の顔を見る。そして彼女はこう思った。「この人が例え死んでも助かっても一生この人についていく」と。
※雄大な景色を誇る鳥取県の大山

                    読後感想
 この作品を読んで私自身血迷った。果たしてどこまでが志賀直哉で、どこまでが時任健作なのかを………だがこれがこの作品が名作たる所以なのかも知れない。
 
 17年を要して描きあげられた私小説はある部分は真実を元に、ある部分は彼の想像で描かれた。しかしその境界を読者にわからなく見せるのは志賀の手法に他ならない。また瀬戸内海、大山の眺望など、文中の自然描写の巧みさは稀なる志賀の才能と言っていいだろう。その自然描写が読者にこれとない臨場感をもたらすのは驚くばかりである。
 
 志賀は本作を恋愛小説と評されることを否定していない。芸妓に夢中になった若い時の放蕩生活は太宰治のそれを想像するが志賀のほうがずっとまじめである。そんなまじめな彼は自分が母と祖父との間にできた子であると知らされ、大きな衝撃を受けた。それは目をそむけたくなるほどの呪われた過去であったが、彼はあえてそれに立ち向かった。結婚相手の直子(実際は仲人)に隠すことなくその事実を告げたのだ。この部分は彼に対して非常に好感のもてるところである。幸いにも彼の実直さは相手に認められた。そして彼自身の自然治癒力によって徐々に忌々しい事実は祟られた過去となったのだ。
 
 その後彼は妻の過ちに悩まされる。彼は癇癪持ちであり、感情に走ると周囲が見えないという性格のジレンマに悩んでいたが、この出来事は彼の性癖に一層の拍車をかけることになる。
このままでは妻も自分もダメになってしまう…そして彼は大山行きを思いたった。
 
 大山で体調に支障をきたした彼だがそのシーンは素晴らしい。この彼の言葉が全てを物語っているといってもいいだろう。「疲れ切ってはいるが、それが不思議な陶酔感になって彼に感ぜられた。彼は自分の精神も肉体も、今、この大きな自然の中に溶け込んでいくのを感じた。その自然というのはけし粒に小さい彼を無限の大きさで包んでいる気体のような眼に感じられないものであるがその中に溶けていく…言葉にできないほどの快さであった。なんの不安もなく、眠い時に睡(ねむり)に落ちて行く感じにも多少似ていた。…」
 
 志賀は無神論者であったが彼自身の中でこんなことを悟っていた。37歳にしてこの小説を書き始めた彼は、書き終えた時には54歳になっていた。長編大作を描きあげた彼のエネルギーに、またこの17年間の彼の変貌ぶりに大いなる敬意を表したい。
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