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 サンタルチアのチャイムとともに
 あれはとうに40年以上前のことになる。小学校一年で人見知りが激しく引っこみ思案だった私が二年生になった時、ようやく一人の親しい遊び友達ができた。
 
 彼の名は板橋、ある秋の土曜日の放課後だった。私は板橋をいつものようにジャングルジムの上段に上がってむきになって追いかけていた。

 それはけしていじめではないが決まって私は鬼役だった。それはジャングルジムを駆ける速度が彼よりも遅いことから来る必然的な理由だった。もしジャングルジムの上でつまづいて転んだら大けがをする恐れがあるだろう。ズック靴を履いてジャングルの鉄の棒に足を掛け、上方のジャングルに掴まりながら、相当なスピードで蟹のように横走りするこの遊びはスリル満点だった。
 ※2011.9石巻市立住吉小学校にて撮影(白いジャングルジムは今でも健在だった!)
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 運動神経の差だろうか?私が左回りしても、右回りしても、或いは鉄棒から足を踏み外すほどリスクを冒しても板橋に追いつくことはけしてできなかった。負けず嫌の私はそれが悔しくて悔しくて仕方がなかった。
 
 そして週末のこの日もいつものように私は彼をついに捕まえることはできなかった。 校舎につけられた大時計が午後一時を回ると、その日の放課後を告げる「サンタルチア」のチャイムが校庭に響き渡った。
                       サンタルチア♪ 
Santa Lucia
 今でさえ「半丼」という言葉はなじみがなくなってしまったが、あのころは土曜日と言えば会社も学校もすべて半丼だった。私にとって土曜日の放課後に聴くサンタルチアのチャイムは「ああ、やっと一週間が終わったんだ。明日は休みなんだな。」という安息の気持ちをもたらすものだった。そういう意味で土曜日の午後、このチャイムを聴くと子供心にも私の胸は高鳴ったものである。
※2011.9撮影、於:石巻市立住吉小学校校門(当時この門で聴いたサンタルチアのメロディーは今でも忘れられない。)

 「ぬしら、帰るんだろ?」私と板橋はこの日の宿直らしき若い男の先生に催促されて校門を出た。「板橋、きょうもやろうぜ!」「ああ。」私と板橋はいつものように校門から50メートルほど離れた旧北上川の河畔道路に向った。私と板橋は拾った木の切れっぱしをそれぞれ川に浮かべると拾った石ころを投げて自分の船(木の切れっぱし)を進めようとひっちゃきになった。
※注釈:後にこの遊びは付近の住民の「川に石を投じている子供がいる」との通報により禁じられた遊びになる。

 このゲーム、ルールはなんでもありだった。相手の船にぶつけて進行速度を遅らせるのもありだった。この船レースはジャングルジムでの鬼ごっこと違って私にも勝機が十分にあった。
 
 勝ったり負けたりといった感じだったろうか?私には非常に熱くなったこの船レースだったが、「禁じられた遊びは」いつもきまったように巻石のある住吉公園で打ち切られた。
 
※船レースのゴールとなった住吉公園(2011年9月撮影)は石巻のシンボル「巻石」の存在する場所でもある。

 だが今思うにこの川沿いを下るコースは彼の帰り道のルートから大きく外れており遠回りだった。それでも彼は私にいつも付き合ってくれた。そして大人だった彼は負けず嫌いの私に、時として花を持たせてくれたのではないだろうか?… 生涯初めてのライバルであり、かつ良き友でもあった板橋との交流を送る3年生の3学期、突然私の転校が決まった。それは私にとって非常に辛い別れでもあった。
 
 私は4年生の進級を期に仙台の小学校に転校して、彼とそれ以来四十数年会っていない。それは長い人生でたった2年間の付き合いだったが、今思えば彼は人生の中で私に「人付き合いとは一体なんなのか?」を教えてくれた最初の人物だったに他ならない…
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