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     忘れられない祖父の思い出
 祖父が死んでからきょうで45年になる。祖父に対して一番の思い出としては以前に著した自作小説「祖父からのメッセージ」に書いたように祖父が亡くなる3ヶ月前に行った金華山旅行のことである。
自作小説「祖父からのメッセージ」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/23139406.html
 
 あれは私が小学校一年で仙台から石巻に再び戻ってきたときのことだった。いつものように朝7時ちょうどに住吉タワー(注釈:石巻河口に建つタワー。今は撤去されてもうない。)から浜辺の歌のメロディーが流れた。そしてその後間もなく晴れ渡った秋空に数発の花火が上がった。運動着のまま登校した私は30分後には君が代行進曲の演奏が鳴り響く中、クラスメイトとともに行進し運動会の開会式に臨み、緊張した面持ちで校庭に並んでいた。
 
 その時、私は校庭の片隅の雲梯の前に祖父がいるのを発見した。下駄を履き、背筋をピンと伸ばし丸い眼鏡をかけた祖父は腕を組んだまま温かいまなざしを私のほうに投げかけていた
 
 運動会が始まると私は見るほうに夢中になって祖父の存在はしばらく忘れていた。自分の徒競走の番が来た。私は走るのが苦手だった。友達の走りを見てなぜあんなに速く走れるのか?と思った。
 
 「ようい、ドン!」反応が遅い私はスタートから離された。8名中7位だった。私は速く走れる友達を羨望の目で見るとともに負けることが悔しくて仕方がなかった。5、6年生の上級生は私にとって大人に見えた。「俺も早く上級生のように大きく、強くなりたい。」…
 
 運動会が終わって祖父に連れられ家に帰った。そして帰り道で祖父からこう言われた「修作、きょう運動会を応援しているときに修作のうなじを小突く奴がいたからわしもそいつを小突いて成敗してやったぞ。」
 
 それを聞いた幼い私はどう反応してよいかわからなかった。もちろん今なら「おじいさん、それは人違いですよ。私は小突かれなんかしていませんよ。」と言えるのだが…
 
 今でもあの時の孫のかたきを討ったぞと言わんばかりの表情を忘れられない

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