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亡き父の面影を偲び、半世紀前の住居を訪ねる旅
 私はブログで紹介している通り宮城県石巻市生まれですが、幼稚園にあがる少し前に仙台のこの地に引っ越してきました。(その後再び石巻に戻る)私が住んでいた梅田町は仙台市都心よりは北部に5キロほど行ったあたりになります。
 この川は仙台市蒲生地区を河口とする七北田川水系の支流で梅田川といいます。ありました!正直言ってここに来るまでは半世紀前に暮らしたその家が現存しているとは思いませんでした。白いマンションの手前の古い木造家屋が私の家(官舎)です。
 
 引っ越してきたばかりの時にやんちゃ盛りの私は買ってもらったばかりのペダル付きのおもちゃのブリキ製自動車をこの河原に落としてしまい、親父の役所の同僚の人に引き上げてもらった記憶があります(笑)
 
 大雨が降った後はこの川が増水して濁流が流れ、どじょうがうようよ泳いでいました。でも川が穏やかなときは手漕ぎの小舟も見ました。当時はのんびりとした時代でした。
また河原には胡桃の樹が繁っていて落ちた実を食べた記憶もあります。

 バイクを止めて徒歩で対岸に来てみました。左側の平屋が私の住んだ官舎です。増築によって下屋が付けたされているようですが家屋の左側に小さな庭があり、私の記憶と一致します。
 
 この家には半年以上一年未満住んでいたと思います。親父は出張が多く、病弱で入退院を繰り返していたためほとんど家に居なかった記憶があります。

次に向かったのは最初の官舎からわずか500メートルほどしか離れていない二番目に住んだ官舎です。付きあたりの古い家がそうです。
この家もここに来るまでは残っているとは全く思いませんでした。

古い日本家屋の白い土壁を見たとたん、懐かしさがこみ上げてきました。
当時からそうでしたが、この家屋の向こうはJR仙山線が走っています。

数少ない親父との思い出。ガードレールの向こうには小さな堀が流れていますが、退院してきたばかりの親父の自転車に乗せられた私が、あまり堀のそばを通ったために「おっかない!」と叫びべそをかいた苦い思い出があります。(笑)
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次は私が通った幼稚園「緑が丘幼稚園」です。
正確にはもう廃業したため幼稚園跡ということになります。

幼稚園の園庭です。今思うと結構狭い感じがします。
私は砂遊びが好きでブランコにはほとんど興味を示さなかった記憶があります。

 幼稚園から南に100メートル、このちば商店の電柱に当時雷が落ちたという話を聞きました。
ひょとして年輩の方が居られれば昔話を聞けるのでは?と思い、ジュースを買いに行ってみることにしました。
 
 案の定、おかみさんらしき年輩の女性から、梅田町界隈の住人や町並みや官舎のことなど、いろんな話をお聞きしました。「あの貸家の地主はAさんで云々…」それらの話を聞いているうちにおぼろげだった記憶が甦り、点が線になっていくような感覚を持ちました。

ちば商店のおかみさんから役所(東北農政局跡地)の情報を聞いて私はナビを頼りに1キロ以上離れた市街地に向かいました。
グリーンのいうのはホテルの名前で、役所があった場所の北隣になります。

ここが東北農政局跡地(北一番町と二本杉通りの角)です。
残念ながら相当前に建物は壊されたようです。

現在は上杉公園となっており、子供たちの格好の遊び場になっていました。
親父は当時どんな思いでこの役所に通ったのでしょう。
私と似て世渡り下手だった親父の逸話はお袋から聞かされた思いがあります。
少し胸が熱くなる思いがしました。

さてこの役所跡地から親父が自転車で通ったであろう二本杉通りを北に行ってみることにしましょう。こんな古い木造家屋は親父が生きていた時代も存在したに違いありません。
親父も通勤のたびにこの家を見ていたのかも知れません。
そして4車線の太い北六番町を突っ切り、再び梅田町のほうに向かいます。

二本杉通りの由来になった二本の杉は今でも健在でした。

二本杉のそばにある古い神社は朝日神社といいます。なにやら由緒がありそうです。

朝日神社の位置を地図でご確認ください。
真ん中に見えるのが縁起物の仙台四郎(実在した人物)左は宝船、右は江戸時代の女性です。

今走ってきた二本杉通り(宮城県庁から梅田町まで2キロほど続く小路)です。
親父とゆかりが深い道なのかも知れません。
戦災で中心部を消失した仙台ですが、北のほうは古い建物が多く下町の面影を感じさせます。

腹がへってきたのでバイク仲間シュウさんの店、酒仙翁に寄りました。

酒仙翁の位置を地図でご確認ください。
宮城県仙台市青葉区上杉5丁目1-1
TEL022-738-8478
蟹玉定食¥800です。素材の蟹がたっぷり入って味付けもよく美味しく頂きました。

最後に私の宝物を紹介しましょう。幼稚園当時親父に買ってもらった地球儀です。
変色、汚れが目立ちますが、私にとってはかけがえのないものです。

昭和37年8月25日(土曜)雨 仙台駅前 丸光デパート○○のために…
もっといっぱい話したかった親父、遊びたかった親父…
親父はこの字をどんな思いで書いたのでしょう?
今でも親父の直筆の文字を見ると熱いものがこみ上げてきます

 
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