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    大津波が家屋もろとも島を大きくえぐり取る!
これは4年前の2007年11月に撮影した宮城県石巻市北上川河口である。

つい最近、ほぼ同じ場所で撮影したアングルである。
皆さんもこの違いに唖然とするだろう。
このうずたかく積み上げられた瓦礫はもちろん、今回の震災によるものである。
それと川へりに沿って積まれた土納袋を見るにつけ、地震によって尋常でない地盤沈下が起きたことを改めて知らされる。
撮影:2011年9月18日

 去る9月18日、墓参りを終えた私は墓のある門ノ脇(かどのわき)から北上川上流部に向かって折りたたみ自転車をこぎ出した。浜風に身を任せ、私は数十年も前の不思議な過去を回想していた。
あれは4才くらいだったろうか?幼い私を連れて親父はこの界隈の商店(たしか漁具店)の知り合いを訪ねた。
 その場で親父は客から出されたバタピーをつまみにしてビールを飲んでいた。
私はバタピーをごちそうになった。
 その時、私は初めて食べるバタピーの香ばしい味と親父が飲んでいたビールにひと際興味をひかれた。そして港町独特の解放感溢れる風情はけして忘れられない。
 
 またここはその4年後の小学校2年の時間、野外授業でスケッチが行われた場所でもある。
スケッチの対象は活気ある港の風景と船だった。
 それは素朴ではあるが少年の私にとって新鮮で野趣溢れるものだった。
描きたい材料が多くて選択に困るほどこの時の港は活気があふれ、歌の文句ではないが寄せ来る波も黄金色に見えたものだった。
撮影:2010年6月

そして今回この思い出の道を歩いてみた。
こうしてみると建物がかなり残っているように見えるが…
撮影:2011年9月18日

しかし近くに寄って路地に足を踏み込むとこの通り。
陸に乗りあげた船が空き地に無造作に放置されていた。
震災から半年以上経過してもこのありさまである。
撮影:2011年9月18日

そして内海橋を渡りきった対岸の港側には大華楼という美味しいラーメン店があった。
この店の右のあたりでよく釣りの餌のゴカイを捕ったものである。
撮影:2007年11月

北上川の中州にできた中瀬という有人島、このアングルは島の東方向である。
撮影:2007年11月

これは中瀬の上流部である。ご覧のように民家が建ち並び左端の島の先端には神社も祭られている。
この神社で私は釣り糸を垂れたことがあった。釣れたのはどんこと言われる外道ばかりだったが…
撮影:2007年11月

そして同じ方向の橋の付け根の部分。内海橋の上流側にも民家がいっぱい建ち並んでいた中瀬であったが…。この写真をよく目に焼き付けて欲しい。
撮影:2007年11月

違いがおわかりだろうか?信じられないかも知れないが3月の大津波で島の上流部のほとんどがえぐられるように無くなってしまった。
対岸まで見通しが効くようになったのは驚嘆に値し、息を飲んでしまう。

 上の写真を補足する。まず矢印は対岸のラーメン店のあったところであるが、跡かたもなくなっていた。
また中瀬においては赤で囲んだ部分がえぐり取られ、根こそぎもっていかれた部分である。
私が幼い時からの思い出の島、中瀬が…

最後に中瀬の航空写真をご覧いただきたい。赤い□の中は大華楼、中瀬上流部(上のほう)には震災前はこんなに家が建っていたのがお分かり頂けると思う。
大華楼と中瀬上流部が津波で消えた!返す返すも無念である。
また島に大きな赤い屋根の建物があったのを確認できるが、これは「岡田座」という歴史のある文化遺産的劇場である。この建物が津波で壊されてしまったのも痛恨の極みである。

宮城県石巻市中瀬の地図
石巻に復興を!
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