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               震災後の尾崎へ
 幻想的な光景に包まれる鵜島を見た後、いったん宿に引き返した私は岬の先端の尾崎(別名歌津崎)に向かった。この時、やっと日が昇って周囲が一気に明るくなった。
※前編をご覧でないかたはこちらをクリックしてください。http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/29241981.html

写真でもおわかり頂けると思うがこの時は若干朝霧がかかっていた。
仕事柄、いろんな岬に行ったが岬の先端は一種の秘境とも言える独特の雰囲気があるものである。岬の先端が近づくにつれて私もそんな思いに包まれていた。

この地図から気仙沼と志津川の中間のあたりに位置しているのが確認できる。

詳しい地図で見る
半島の南側に目を移すと志津川湾北部が広がる。ここには小さな漁港が点在している。
このように遠い山々にも朝霧がかかっていた。

尾崎に行く途中で私の目をひいたのは仙台藩唐船番所跡だった。

唐船番所跡は亘理郡山元町にも存在した。

この灯台の付け根が番所跡である。往時はここで唐船を見張ったに違いない。

もともと徒歩だったが、駐車場から先の尾崎に向かう道は細く、ここからは歩くしかない。

これはユリの花だろうか?尾崎に向かう途中、道端に咲いた可憐な姿に思わず目を奪われた。

まもなく神社が見えてきた。地域柄、漁の無事や大漁を祈願する神社に違いない。

東側に目を移すとすっかり朝日が昇っていた。そして数隻の漁船も出漁していた。

東側の外洋とは違い、南側の志津川湾は以前朝霧がかかっていた。

岬の先端に来たせいか、朝日に光輝く松の木はなにか神々しいものを感じさせる。

尾崎神社の起源は古く、源義経の時代とのことである。

ついに岬の先端に来た。

尾崎の立て札の脇には泊崎荘のそばの案内板通り東屋が建っていた。

ここでもあまり見たくないものを見てしまった。
崖に打ち上げられている白いものは大津波によって運ばれたゴミである。(心が痛む)

宿に戻ると時計は6時を回っていた。立派な瓦葺の隣家が部屋の窓から見えた。
ミンミンゼミの鳴き声が盛夏を感じさせる。窓から涼しい浜風が入ってきた。
朝食を前に私はひと時の安堵を感じた。

きょうも暑くなりそうだ。でも被災者の支援、笑顔が大きな励みである。
他の工事関係者がチェックアウトしていた。
私は志津川の担当現場に向かって、宿を後にした。
さあ、きょうもがんばろう!

                           
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