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    宮城県本吉郡南三陸町歌津地区
 私は仕事の都合で盆前にニュー泊崎荘に二日ほど宿泊した。ここは高台にあるために幸いにも津波にあわなかったようである。
 工事関係者に混ざり、ここにも震災の被災者が30名ほど宿泊していた。震災に遭ったせいか夜遅くまで子供を中心に、家族ぐるみで触れ合い、互いに励まし合っている姿に私は触れ、仕事とはいえ肩見のせまい思いがした。
 朝早くから線香がたかれる中、私は4時過ぎに付近散策に出発した。日の出前のせいかまだ夜の帳の余韻が残っている。

果たして鵜島とはどんな島なのか?気になるところである。

 この地を真東に9000キロ行くとサンフランシスコに到達する。
 北緯、東経が表示されていた。東に9000キロ行くとサンフランシスコ(ほぼ同緯度)ということであった。温暖で有名なアメリカ西海岸のサンフランシスコと同じ北緯とはちょっと意外な感じがする。

ニュー泊崎荘の位置を地図でご確認ください。

 5か月前の大津波で猛り狂った太平洋を見たせいか、やや朝霧のかかった日の出前の太平洋はなにか索漠たる感じを受ける。
 水平線の区別がつかない空と海の懐の深いブルー、そして外海独特の荒波が私にそう思わせているのかも知れない。

まだうす暗い中、足元に細心の注意を払い私は海岸に降りてみた。
ふと松の木の付近に鵜島らしき島を発見した。
日の出が近いせいか、東の空がオーロラ色
に染まる。

一見オーストラリアのエアーズロックに似ていると思った。海抜から言っても、この島は大津波にすっぽりと飲みこまれたはずである。
これは幻なのか?淡い朝霧の中、荒波に浮かぶ鵜島の幻想的なシルエットに私は時間の過ぎるのを忘れ見入っていた。

ふと足元を見た。この海岸は碁石の海岸でもあるようだ。奄美大島に行ったときも丸い石だけの海岸は見たが、石の色がそれとはまったく違い真っ黒だった。これも絶えず押し寄せる外海の荒波の成す技なのだろう。

これは方角的に真東のほうである。無残にへし折られた松の木と岩肌に散らかったゴミが3月11日の大津波の痕跡を伺わせる。

出かけたころに比べてだいぶ明るくなってきた。
私は次の目的地歌津崎(別名:尾崎)に向かって一旦宿のあるほうに引き返した。

潮騒が聞こえる夜明け前の海岸の様子を動画でご覧ください。
夜明け直前のニュー泊崎荘、時計は5時を回った。
多くのかたはまだ寝静まっているようだった。

後編では辺境の地の雰囲気さえ漂う尾崎(半島先端部)についてお伝えします。
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