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  霞城公園にそびえる三層多角形の洋風建築「旧済生館本館」
山形城跡のある霞城公園の中を散策していたらご覧のような洒落た洋館を見つけました。
※前編(山形を死守した最上義光の英姿)を見てないかたはこちらをクリックしてください。http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/29113663.html

 明治初年の洋風建築として名高いこの建造物は、明治11年(1878)に竣工した当時の公立病院済生館本館です。
山形県の初代県令三島通庸(鹿児島県出身)は公共物建物等の洋風による新築工事をすすめました。

 この建物は明治11年2月着工、同年秋9月竣工しました。
そして翌明治12年、太政大臣三条実美が「済生館」と命名、同年1月8日開院式をあげました。その華麗さは当時の人々の注目を浴び、錦絵として出版販売されました。
更に、翌13年9月にはオーストリアのドクター、アルブレヒト・フォン・ローレツ博士(下のレリーフ)を招いて医学寮の教頭として西洋医学の診療と教育を実施し著名になりました。


山形城跡でも小学生が写生していましたが、旧済生館本館にも来ていました。
微笑ましい光景です。

 この建物は山形県のみならず東北における近代医学の黎明を証徴する殿堂として、昭和41年12月5日、重要文化財に指定され、同42年6月、山形市の中心街七日町にあったものを現在地に移転しました。
 現在、この建物は山形市郷土館として活用され、医学、医療関係の資料を中心に、郷土資料が陳列され、一般に公開されています。

この建物の特徴はステンドグラスを多用しているところです。
教会
などにも使われるステンドグラスがこの洋風建築にアクセントと彩りを与えています。
ここは正面玄関です。

ステンドグラスの入った欄間のついた出入り口から中庭が見渡せます。
このあたりはデザイナーのセンスが光り
ます。

十四角形の一階部分の中庭にはご覧のように庭石が飾ってあります。
庭石もこの建物をひきたてる重要な要素になっています。

まるでオペラハウス!回廊バルコニーの青い手摺がお洒落です。

二階から見下ろした中庭、植木も洋風に見合ったものが植えられています。

内部の直階段ですが、ここからもステンドグラスが彩りを添えます。

手作りの螺旋
(らせん)階段、これは大工さんの腕の見せどころでもあり、大変手間のかかったところでもあります。

近世のヨーロッパ建築を思わせる階段手摺、照明器具のデザインです。
確か映画で見たコナンドイルの名探偵シャーロック・ホームズの住んでたベーカー街の下宿もこんな感じだったと思います。「やあ、ワトソン君」(笑)

下の表を見るとこの建物は疑洋風建築(純洋風ではないが洋風に疑似しているという意味)に属しているようです。

さて旧済生館本館を出た後で私が向かったのは蕎麦屋です。
そうです。山形と言えば固い歯ごたえの手打ち蕎麦が有名です。

家紋の入った暖簾がこの店の重みを感じさせます。

和風装飾された店内です。ぼんぼりのような照明器具、竹製の化粧庇…なかなかいい感じでした。

私が注文したのは盛そば(¥570)です。歯ごたえ十分で美味でした!

食べ終わったあとの蕎麦湯も楽しみの一つです。

蕎麦屋を出てから山形駅の西口を通って駅前のバスターミナルに向かいました。
山形市の西口もビルが立ち並びつつあるようです。仙台駅の東口も昔はこんな感じでした。

山形駅に貼られていた「山形駅の駅名由来」諸説です。
皆さんは山形の名前の由来をご存知でしょうか?
山方、やまあがた(地方、田舎)と諸説があるようです。これは非常に興味深いものです。

バスターミナルの隣のラーメン屋に入り、最後は冷たい生ビール
でしめました。
山形の霞城公園の歴史巡りの旅、至福を感じた一日でした。

                  歴史を巡る山形市の旅
                     
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