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              小説「城の崎にて」
                                   作家志賀直哉(1883~1971)

小説の神様とも呼ばれた彼は1910年武者小路実篤、有島武郎らと1910年に雑誌「白樺」を創刊した。その「白樺」で1917年(大正6年)本作(城の崎にて)は発表された。

時代は大正初期、主人公は山手線の電車にはねられてけがをして兵庫県但馬の城の崎温泉で傷を癒していた。
これは後の逸話だがはねられたとき、友人の里見がそのようすを目撃していたということだ。

              以下小説「城の崎にて」より抜粋
 
 「(城の崎温泉に)三週間以上―我慢できたら五週間以上居たいものだと考えて来た。頭はまだ何だかはっきりしない。物忘れが烈しくなった。しかし気分は近年になく静まって、落ち着いたいい気持ちがしていた。稲の穫り入れの始まるころで、気候もよかったのだ。一人きりで誰も話し相手はない。読むか書くか、ぼんやりと部屋の前の椅子に腰かけて山だの往来だのを見ているか、それでなければ散歩で暮らしていた。散歩する所は町から小さい流れについて少しずつ登りになった路にいい場所があった。山の裾を回っているあたりの小さなふちになったところに山女が沢山集っている。…」
 
 けがの養生(リハビリ)を温泉で行うのは今ではあまりされていないことだが、時代はおおらかな大正初期でもあり、温泉療養(養生)はよくあることだった。

                               読後感想
 私がこの小説と出会ったのは中学三年生のときだった。小説に正面から向き合うと疲れるものである。だが当時の私はこの小説の描かんとしている真髄(後述)よりも温泉で一カ月近くなにもせずにぼんやりと暮らしたということに関心が行っていた。そんなのんきな暮らしを私もしてみたい…私はそんな程度にこの作品を軽く考えて、魅力を覚え一気にその中に入っていった。
 
 この小説には三種類の動物(虫も含めて)が登場する。最初は巣の前で死んだ蜂、そして川で石をぶつけていじめられ、殺されかけられている鼠、最後に川の渓流に浮かぶ飛び石に乗ったイモリである。志賀直哉(主人公)は三種類の動物に何を比喩して、何を描こうとしたのか?
 
 本作の山場は一匹のイモリの偶然の死と電車事故に遭いながら偶然に助かった自分の命の対比である。人間の生と死とは何なのか?ひょっとして生と死はそんなに遠いところにあるのではないのかも知れない…言いかえれば人間はいつ死んでもおかしくないのである。そんなところに彼の哲学を感ずる。本作は彼の代表作の一つであり、短編ながら秀作である。
 
 本筋(テーマ)が通った作品ながら、志賀独特の自然描写力にも着目したい。文学に対する思いは人それぞれだが、こういった自然に感動する心、温泉で徐々に癒され、エネルギーを蓄積していく志賀の心境にも思いを馳せたい作品である。

                     晩年近い志賀直哉

KR500レプリカの部屋の志賀直哉シリーズ
※志賀直哉生前インタビューhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31385305.html
※志賀直哉生誕130周年を偲ぶ旅http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31505557.html
※志賀直哉生涯23回の引越しの謎http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31434256.html
※志賀直哉東京麻布邸へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31458035.html
※志賀直哉「早春の旅」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31540382.html
※志賀直哉「自転車」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31319728.html 
※志賀直哉「城の崎にて」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/28846600.html
※志賀直哉「和解」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/29210086.html
※志賀直哉「暗夜行路」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30025253.html
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※志賀直哉「清兵衛と瓢箪」へリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/30989155.html
※志賀直哉「山形」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31212264.html
※志賀直哉「大津順吉」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31299760.html
※志賀直哉「万歴赤絵」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31581965.html
※志賀直哉「雪の日」へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/31319728.html
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コメント

No title

志賀直哉は確か石巻生まれだったと思いますが
清兵衛と瓢箪は小学校の国語に出てましたね
奈良にいたことがあったみたいで
旧宅跡が保存されていて見学できます
若い頃に何気に読んだ小説を今読み返してみれば
気付いて居なかったことを沢山発見できますね

URL | - ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あぶさん、実は石巻の彼の生家(今はない)は私の実家のすぐそばにありました。でも彼の経歴を見ると2歳で東京に移ったようです。奈良には42歳から46歳まで住んでいたようです。
「清兵衛と瓢箪」は私の時の国語のテキストにはありませんでしたが「城の崎にて」は確かありました。
「清兵衛と瓢箪」もですが、彼の短編小説は「小僧の神様」など名作が多いですね。
短編の中に作者の訴えたいことを読者にしっかりと感じさせる…それが彼を小説の神様と言われる所以なのかも知れません。

私は「城の崎にて」を読んで当時は彼の深い意図「生と死の対象」を見抜けませんでしたが、温泉養生、散歩時の風景描写でこの作品に興味を持ち、何度も再読しました。もちろん今でも読みます。
そして何度か読むうちに彼のこの作品で言わんとする意図が見えてきたのです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

私も実際この小説に対するイメージは、温泉地にのんびり滞在していいなあ、といったイメージでした。
実際は「生と死」がテーマだったんですね。
私も今回の震災を体験するにつけ、生とは死を見つめることだという思いが強くなりました。
死の意識がより濃厚な生を営むことにつながると思います。

URL | ☆アツ☆ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

アツさん、温泉地にのんびり滞在する描写は読者を作品の中に引き寄せる彼の手法なのかも知れません。
でも木で例えれば幹(本筋)ではない枝葉が立派で興趣を誘うものであるのはやがては全容の素晴らしさにつながると思います。
そんな彼の手法には感心します。
その手法がこの作品を名作と呼ばれるものにしているような気がします。
この作品は私の文学嗜好の原点と言えるのかも知れません。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

「人間はいつ死んでもおかしくない。」わかってはいても普段は目をそむけています。でも身近な人の突然の訃報で、また視界に入ってくるんですよね。できればそれを心の片隅に置いて1日1日を大切にしたいです。

URL | gt_yosshy ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

gt_yosshyさん、自分自身のこともそうですが、身近な人の訃報とこの言葉を結びつけるのはなかなかできないと思います。
実は4月に20年以上世話になった元上司が亡くなり、通夜の席でお坊さんの説法で聞いた言葉(蓮如上人の白骨の御文)でした。
私もそうですがこれは煩悩に生きる人間にとって永遠のテーマなのかも知れません。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミック様へ
生と死は確かに紙一重なのでしょうね。いつ死ぬか判らない。だから生に執着する。人の死を見て、殆どの人がその死を恐れ、生き残る術を考える。人は生き残るために道具を発明するが。それが凶器にもなる事がある。これも紙一重です。生と死の狭間で生きている。死というものがいつかは訪れる事を考えなくてはいけないのですが。それを考えていると何も出来ない。ある日突然訪れる。それはいつなのか誰も判らない。いつも紙一重の中で生きている。ある意味、毎日がロシアンルーレットみたいですね。そんな事を考えます。ナイスです。有難うございます。

URL | 不あがり ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

不あがりさん、トラックバック先にコメント&ナイスを頂きありがとうございます。
私が志賀直哉に傾注するきっかけとなったのが本作品です。
書き出しが温泉養生から入っており、これだけで読者を引き寄せる効果があります。
ひきつけておきながら小動物を用いて直哉の哲学が展開されます。また宿での様子などが興味を一気に倍増させております。
朴訥な主人公演じる何気ない短編に飾り気のない水墨画のような趣を感じさせるのが彼の作風でないでしょうか?
私はそんな彼の人間性に惚れ込んでから和解や山形で彼の若かりし日のことを悟りました。
生と死の隣りあわせが

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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