fc2ブログ
登場人物 私:バイク好きの学生、酒屋でアルバイトしている。松林:私の友人、松林酒店の跡継ぎ息子、私とは中学時代の同級生、大の車好き。遠藤:私の幼なじみ、小中学校の同級生、いろんな意味でライバルでもある。フォークソング、ニューミュージックを好む。駒井:私の友人、いろんなことで議論をかわす喧嘩相手でもある。趣味は車。高田:私の友人、女から結構もてるやさ男、趣味はバイク。
 
 
 
ノンフィクション小説『煙草のけむり』
 二十才になったばかりの私は春休みに入って友達の松林の実家の酒屋で配達のアルバイトをしていた。貧乏学生だった私は退屈な生活に飽きていた。そんなある日新型マークⅡを買った松林から「みんなでどこかドライブ行かないか?」と誘われた。免許取り立てでもあり、好奇心の塊で刺激が欲しかった私は胸を躍らせた。「行くべ!」そして遊び仲間にも連絡して急遽、高田と遠藤と駒井も賛同した。このころ駒井は中古でスバルR2を買ったばかりだったので5人はマークⅡとR2の2台に分乗して行くことになった。
 
 バイトが終わった8時に松林の家に集まり、5人の若者は片道約170キロの深夜ドライブに出発した。ルートは仙台から国道48号線を通って西に向って山形県天童市に抜け、その後国道13号線を北上して新庄へ、その後国道47号線を通って最上川に沿って西へ下り、日本海側の河口に拓けた町、酒田市に向う行程だった。
 
          東北を横断するこの日の深夜ドライブのルート、片道約170キロ

 初の長距離ドライブとあって、若者たちは浮かれて騒いで目的地の酒田に向った。金持ちのボンボンだった松林の新車のマークⅡは貧乏学生の残りの4人から見て羨望の的だった。直列6気筒エンジンの絹のような滑らかな乗り心地、十分にクッションの効いたVIPシート、オレンジ色に光るメーターランプ…がムーディーに深夜ドライブを盛り上げた。
 
 私は騒いでいる彼らをよそに、夜ということもあり周囲の景色よりもマークⅡという高級車に関心が行っていた。「今は貧乏学生だが、俺も就職して給料をもらったら、いつかこんな車を買って彼女でも乗っけてやる…」マークⅡで印象に残ったのがカーオーディオだった。闇夜後ろから見るとPIONEERのロゴがブルーに光るスピーカーからは当時流行った五輪真弓の『煙草のけむり』が流れていた。
          五輪真弓『煙草のけむり

 「煙草のけむりの中に隠れて見えない…♪」私にとって初めて聞く曲だった。知らない曲を初めて聞いた時はピンと来ない場合が少なくないものである。当時はニューミュージック創世記でもあり、この時はこんな曲もあるんだな…くらいにしか考えなかった。
 
 もう時刻は11時を回っただろうか。モスグリーンのマークⅡは直列6気筒特有の静かで力強いエンジン音を奏でながら絹のように滑らかに深夜の最上川沿いをクルージングした。最上の大河は時として大きく蛇行しながら、大小様々なアールを描き複合コーナーを演出し、その雄大な姿を私に見せつけた。私は煙草を吸いながら考えた。仲間とのドライブもいいがこんなところを一人で誰にも気遣いせずに流せたらどんなに楽しいことだろう…未踏の地への憧れと孤高のナイトドライブ。そんな思いを胸になぜか私は自分が急に大人になったような気がした。
 
 そして、深夜の長距離ドライブと生まれて初めて走る道、全てが新鮮であり、煙草を吸いながら私の胸は次第に高鳴っていた。長い長い47号線、最上川の川沿いに点在する町や村を過ぎて、2台の車はやがて酒田市内に入り、いくつものアーチがある大きな橋(旧両羽橋)を渡った。街路灯照らされたに鉄骨の架構が鮮やかなオレンジ色に浮かび上がった。
 
オレンジ色にライトアップされた旧両羽橋(対岸は酒田市街地)がナイトドライブをムーディーに演出する…

 最上川に掛るこの橋は非常に長く、オレンジ色に照らされたアーチは幾重にもなって2台の車に追ってきた。私はこの川が日本海に注ぐ大河であり、その雄大な様子は山形人の誇りであることを肌で感じていた。
 
 橋を渡りながらふとカーステレオから流れる『煙草のけむり』の歌詞の一小節が耳に止まり、その歌詞の一部分がやけに気になった。
 「灯(ひ)を貸してください。僕の暗い心に♪ 灯(ひ)を灯してください。あなたの赤いマッチで♪…」
「面白い言い回しだな…」ニューミュージック特有のメロディーで歌われるこの歌詞のストーリーに私は少しだけ興味をひかれた。
 
………
 
 そしていつの間にか日付が変わっていた。酒田市内の国道7号線は深夜とあって交通量も少なく、信号で止まることはあまりなかった。港のほうには工業地帯が広がり、大型船も停泊していた。太平洋沿岸の港町石巻に育った私はこういう雰囲気の町は好きであったが、方角の全く違った日本海沿岸に拓けた港町は生まれて初めてだった。船首に外国語で描かれた船名、埠頭の倉庫と路地裏には深夜でも灯が灯り、大きな港町特有の異国情緒が感じられた。
 
               外国船が停泊する夜の酒田港

 やがて2台の乗用車は港から酒田市街地の繁華街へと向った。5人は中心部を少し外れた地区の酒田大火を免れたスナック喫茶で淹れたてのコーヒーを飲みながら歓談した。当時、松林と遠藤と駒井はフォークソング、ニューミュージックにかぶれていた。退屈な話だったが私はつき合いで彼らの話を聞いていた。
 
 帰路に着いた時、時計は午前2時を回っていた。松林は運転が好きだったので、マークⅡのハンドルを他の者に渡そうとしなかった。さすがに軽自動車であるR2の駒井のほうは運転に疲れたらしく、復路は私が運転するとこになった。深夜から未明の山形路、関山峠を走り通し、家に着いた時はすっかり春の陽が昇っていた。
 
 あれから三十数年が過ぎた。いろんな意味でのライバルだった遠藤とは今でも仕事で付き合っている。奴とは永遠のライバルでもあり親友なのかも知れない…
 
 最近、あの時それほどいい曲と思わなかった『煙草のけむり』を久しぶりに聞いた。音楽の嗜好とはわからないものである。何度か聞いているいるうちに青春時代の失恋のほろ苦さの思い出とともに熱いものがこみあげてきた。
 
 ほろ苦さを感しながら私は思った。なぜあの時私はすなおに「灯(ひ)を貸してください…」という一言が言えなかったのかと…
                                        
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)