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             小説『現代版津軽』その5
   友を救うために地吹雪の中を走れ!メロス号
 快速列車五能線「リゾート白神」に乗った私は、津軽鉄道乗り継ぎのため五所川原駅で降りた。五所川原市は現在人口6万強(現在は太宰の出身地の旧金木町も合併して五所川原に含まれる)、津軽半島の付け根のほぼ中央に位置し、津軽平野北半部の経済、文化の中心地として栄えた町である。太宰が小説津軽執筆時に訪れた昭和19年は五所川原はまだ村であったが、人口1万以上でこの津軽地方では青森、弘前に次ぐ地であった。
 
 小説津軽で太宰は五所川原のことを『善く言えば活気のある町であり、悪く言えばさわがしい町である。農村の匂いはなく都会特有のある孤独の戦慄がかすかに忍びいっており、大袈裟な比喩ではあるが、東京で言えば浅草のようなところであろうか。』と述べている。この五所川原には実質的に太宰の育ての親だった叔母のキエが分家してきて住んでおり、彼が幼少のころしばしばキエの家を訪ねて遊びに来ていた。
 
 五所川原は今回の旅では残念ながら通過点であり、ゆっくりできなかったが小規模ながら駅前通りのビル街は津軽平野北半部の中心都市に相応しい賑わいであった。

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※写真:津軽半島北半部の中心都市、五所川原市(撮影場所:津軽五所川原駅前)

 JR五能線を下りて津軽鉄道(ストーブ列車、走れメロス号で有名)のホームに行ってみると、次の列車まで30分ほど時間があったのでストーブ列車のディスプレーを見てみた。
こいつを見た瞬間私は思わず微笑んだ。なぜなら時代遅れの堅物という雰囲気が私とよく似ていたからだ。

※写真:ストーブ列車(ディーゼル機関車でレトロな客車をけん引、撮影場所:金木駅)

※写真:暖かそうなストーブ列車の車内

 果たしてその列車はある意味で太宰が生きた昭和初期の古き良き時代を連想すべく、いい雰囲気(必ずしも機能的とは言えない頑固そうで武骨な要領の悪さ)に溢れており、私の想像(というより期待)通りの代物(時代遅れのカタブツ)であった。
 
 ストーブ列車と太宰治は関係ないが、この要領の悪さは太宰の幼少時からの性分と言っていいのかも知れない。はにかみ屋でその照れを隠すために学友や家の使用人の前で突飛でもないかっこうをしたりこっけいな踊りを踊るなどして道化を演じてきた。はにかみ屋はその少しの間(ま)が持てない(じっと我慢できない)のだ。その要領の悪さが災いして尋常小学校時は全て甲主席だった彼が次に入学した組合学校の通信簿の素行面の評価で乙を付けられたことがあった。
 
 実はこの要領の悪さは私にも共通する苦い思い出がある。【小学校1年のとき朝礼で全校児童が整列しているときに照れを隠すためにわざと両手を頭の上に置いて指を組んで目立とうとして先生から叱られてみたり、体育の授業のラジオ体操で目立ちたいが故にわざと体操の型を自己流に変形させて叱られたり…一見矛盾するように思えるが、実は道化を演じて目立つことこそ照れを隠す絶好の方法なのだ。大相撲の高見盛が立ち合い前に気合いを入れる例のパフォーマンスの心理を私はよく理解できるのだ。(何を隠そう、実は彼も相当なカタブツであり、かつ大変な照れ屋なのだ)】
 
 そういう意味でこのストーブ列車を見るなり私は同じ固物としてこいつに愛着を抱いた。今回は残念ながら発車時間が合わなくてストーブ列車には乗れなかったので一般的な走れメロス号に乗ることにした。走れメロス号は悔しいがストーブ列車よりは型が新しく要領がよさそうだ。
※写真:津軽鉄道運行図

※写真:津軽鉄道列車ダイヤ

※写真:レトロっぽい切符がまたいい。

※写真:走れメロス号外観「私は今宵殺される。殺されるために走るのだ!」(小説『走れメロス』より抜粋)

メロスは激流に一瞬うずくまったのだが…

「地吹雪の中を走るのは私の正義であり、本望だ!」

 津軽鉄道のアテンダントの津軽美人
のおねえさんの案内で列車に乗り込んだ。津軽美人のアナウンスで車内が一気に華やかになる。さすがにストーブ列車ほどの混雑はないにしろ発車時は定員の半分以上の客が乗ってきた。ウイークデーは通勤通学などの地元民の足としての一面、土日は観光の目玉となっているようだ。この日はカメラを持った鉄道マニアらしい人も数人見られたが家族連れが大半であった。
※写真:太宰治に相応しい津軽美人のアテンダントが旅のお供をしてくれる車内。

 窓際に座った私は列車の名にあやかって太宰の小説「走れメロス」を酒の肴に雪見酒を決め込んだ。太宰も酒は澗が好きだった。

 津軽半島の平野をスローペースで走る「走れメロス号」は鉄道の最先端を行く新幹線などとは対照的に汽車旅の原点とも言えるノスタルジーな雰囲気にあふれ、私の心を魅了し昭和ロマンの世界へといざなった。走れメロス号はそんな私を乗せ、津軽五所川原駅を発車した。五所川原駅を出て数分もすると民家もまばらになり電柱もないような雪原を走った。
 
 やがて列車は常緑樹の林のある丘陵地に差し掛かった。外ヶ浜を走る津軽線に乗ったときもそうだったが人為的な開発の気配が感じられない自然は東北でも半島などの僻陬(へきすう:辺地のこと)な地を除いてなかなか見ることができなくなった。人工的なものの一切入ってないその景色は太宰が生まれ育った時代に彼が津軽平野で見たものとおそらく寸分違わないはずだ…そう思うと私はその景色が神々しいもののように見えてきた。
※:車窓から見る津軽平野の地吹雪に憂愁の感を深める。

※写真:これはおそらく太宰が昔見た風景に寸分違いないはずである。

 そんな中走れメロス号は地吹雪に見舞われる津軽平野のど真ん中を走り、五所川原農業高校前でほぼ直角にカーブを切り、左手に毘沙門(びしゃもん)の鉄道林を見ながら最初の目的地で太宰の生家「斜陽館」のある金木(旧金木町)に到着した。
※写真:金木駅から見た津軽鉄道軌跡と地吹雪がやんだ雪原(南側アングル)

※写真:金木駅

     その6に続く
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