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               小説「現代版津軽」
          その3 外ヶ浜
 列車が蟹田駅を出発したのは11時20分過ぎだった。「カタ・カタ・カタ・カタ…」ディーゼル列車は独特のエンジン音を鳴り響かせて走りだした。雪景色に覆われた津軽の原野に点在する小さな集落は寒村という表現が一番相応しいのかも知れない。それは日本文化独特のわびさびの観念に近いもので私の心をとらえ、一層本州最果ての地への旅情を誘った。
 
 最初にも述べたが『恵まれた環境を離れることによって万物のありがたみを知ること。』それは私が津軽半島に対して抱いていたイメージであり、車窓から見える寂寥感さえも感じさせる雪景色の装いはその期待を裏切らないものであった。

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 ディーゼル列車は15分ほど寒村の点在する雪原を走ったあと、山間部(梵珠山脈)に差し掛かった。さほど標高が高くない山々だが、それでも600メートルはあろうか?列車は幾つものトンネルを通過した。

 やがて山間部を通過した列車はこの近辺で一番拓けた漁港「今別町」(語源はアイヌ語)に到着した。この辺では一番大きな町らしかったが、それでも過疎化のためにさびれた感は否めない。


 今別を過ぎて津軽浜名駅を通過すると間もなく津軽線の終着駅である三厩(みんまや)駅に到着、私はここで降りた。

 「私は今、その昔中央政権すら及ばなかった本州の極地に来たのだ…」そう思うと間近に見える竜飛岬の山が一層険しく感じられた。

 三厩から半島の先端の竜飛岬へ行くバスが出ていたが、竜飛岬は1年半前にバイクで行った地でもあり、今日の目的地は竜飛岬でなかったのでバスには乗らなかった。

 その代り三厩の駅の周辺を少し歩いてみた。駅前に商店は一軒もなく閑散としていた。

 この写真は十手金物と言って窓硝子が雪に押されて割れないように板を挟み込むための仕掛けである。

 太宰が66年前に友人N君とここを訪れた時三厩から竜飛岬へ至る道路は本州の極地に相応しく、波打ち際を3時間もかかって歩かなければならず、その道路も潮の満ち干の影響を受けるようなものだったらしい。
 そしていよいよ竜飛崎に近い最果ての村に来た時、太宰はその部落の様子を小説津軽で「この部落を過ぎて路はない。あとは海に転げ落ちるばかりだ。…ここは本州の袋小路だ。読者も銘肌(めいき)せよ。諸君が北に向かって歩いている時、その路をどこまでもさかのぼれば必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼればすぽりとこの鶏小屋に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。」と語っている。
 N君との二人旅ではあったが、生まれて初めてこの地を訪れた太宰の目にはなにか得体の知れぬ恐怖を伴った未知の世界に写ったに違いない。

 龍飛崎が近づくにつれ、彼は断崖絶壁の続く殺伐としたさまを「もはや風景とは言えず、ただただ恐ろしいばかり。」と評している。その鶏小屋に見えた竜飛の集落に一軒の旅館があった。旅館竜飛館(旧称:奥屋旅館)である。(写真:昭和35年ころの奥屋旅館、鶏小屋のようなさびれた雰囲気がわかって頂けるはずである。)

 酒飲みというものはなにか寂寥感におそわれると無性に飲みたくなるのもだ。太宰もこの日は本州の極北の地のひなびた旅館で親友N君ととことん飲んだ。
 以下は小説津軽の有名なくだりである。N君「こりゃいかん。今夜は僕は酔うぞ。いいか。酔ってもいいか。」太宰「かまはないとも。僕も今夜は酔うつもりだ。ま、ゆっくりやろう。」…太宰とN君の酒盛りは夜遅くまで続いた。

 そんな小説津軽の一小節を思い浮かべ、私は殺風景な三厩の町を30分ほど散策し、下りの列車に乗った。帰路に今別の町を見た。外壁を全てトタンで覆われた民家が印象に残った。

 
 その後、私は日の暮れないうちに15時半の下りの列車に乗って蟹田の町に向かった。
途中車窓から景色を見ると吹雪いていた。毎日のように見かける津軽半島の地吹雪。その様子はなにかうめいているようにも見える。私は冬の間、地吹雪で視界を奪われ、家の中でじっと耐えてひたすら春を待つ津軽の人々の鬱々とした心情を感じざるを得なかった。

 やがて列車は蟹田の駅に到着した。時刻は16時を回っていた。280号線の彼方にわずかに見える陸奥湾はこの日の私の気持ちのごとく淡い紫色にかすんでいた。
 そして蟹田の町は太宰の評した『風の町』とは裏腹に荒れることなく、夕暮れ前の薄暮の中に穏やかなたたずまいを見せていた。

 きょうは津軽の地酒が飲みたくなった。私は太宰治にちなんだ観瀾山という清酒を駅前の物産館(ウエル蟹)で買うと宿に向かった。途中道草して浜のほうに行ってみると澄んだ薄暮のブルースカイの中、うっすらと月が出ていた。
 美しい月ではあったが、この月を見て私は寒々しい一種の寂寥感を感じた。月を見てこんな気持ちになったのは初めてだった。きっと私のいる場所(津軽半島)がそうさせているに違いない。

 急に寂しくなってきたので散策はこれくらいで切り上げて、宿への帰り足を急いだ。私が泊っている中村旅館は蟹田の町を縦断する国道280号線沿いにあり、町の南北側のほぼ中央に位置する老舗旅館である。
※中村旅館住所:青森県東津軽郡外ヶ浜町字蟹田94

  私はすっかり凍えた体を温泉に沈めた。アルカリ泉の湯(通称:美人の湯)に浸かりながら津軽半島の殺伐とした雪原、開発の入っていない原生林の生い茂る山々、津軽海峡に臨んださびれた漁村を思い浮かべてはしばしその余韻に浸った。

 そして最近亡くなった津軽の知人A君のことをまた回想した。ストーブが焚かれ、食事が用意された部屋に戻ると私は心の中でA君にこう問うた。
今夜は酔ってもいいか?』…私は一人むなしく清酒観瀾山の栓を開けた。

今宵は無性に澗のぬくもりが欲しかった…                             

 
その4に続く
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