fc2ブログ
 落ち着いた日本庭園をゆったりと探索する
青森県弘前市の中心部に近い藤田記念庭園、前回は庭園内の洋館についてお伝えしたが、今回は記念庭園のキモとも言える日本庭園を紹介する。

砂利道は庭師が均したばかりで、足跡を付けるのが非常に申し訳ない。
道が二つに分かれるときにあなたはどちらを選ぶだろう?
人生は後戻りができない。
 
でも、自分の選んだ道を後悔しないように歩んで行きたい。
例え、失敗にそれが終わっても…
秋の日の好日、そんなことを考えながら、私は木漏れ日の中をゆったりと歩んでいた。

小川はゆったりと蛇行していた。
なにも急いで真直ぐ流れることはない。
人生も同じである。
 
人間社会での競争、確かに真直ぐなら流れは速いだろう。
だが蛇行してゆったりと流れれば多くの岸(人生の様々な出来事)と接することができる。
時間をかけて多くの岸に接っしたほうが人生には趣があるのだ。

池の上に架かる小さな橋の上に立ってみた。
様々な庭木がわずかな風を受けて枝をなびかせる。
そして池の水面に立つ小波。
 
静寂が私を包む。
この平穏をもって幸と考える。
これはほんの一時の平穏かも知れない。
だがこの一時の平穏に感謝する気持ちこそが大切なのだ。

若いころはこういった日本庭園や日本家屋には興味がなかった。
だが五十台半ばになって、こういったわびさびの境地がようやくわかってきた。
 
先人の残した古い庭園や建物をじっくりと鑑賞してみる。
そして先人の心をたどってみる。
 
明治、大正、昭和、平成、時代は違っても人生を懸命に生きた人は何かを残すものである。
こういった先人に恥ずかしくないように、私も真摯に人生を歩みたい。

一見ただの林に見えるが、一筋の滝と朱色の太鼓橋が日本庭園の趣を際立たせる。
そこには庭を造形した庭師の知恵(センス)があった。
センスはセオリーとは違ってその人間の感覚で決まる。
 
自分のセンスはもちろん他人にあてはまるとは限らない。
でもおおよその人が認める感覚を様々な場面でも持つ。
難しいことかも知れないがそういうセンスを身につけたいものだ。

一見山奥の景色と見間違えるような自然林を思わせる木々。
落雷でも受けたのだろうか?
枯れ木寸前になった老木。
 
だがその老木枝を垂れ下げてでも生き延びようとしている。
人間老いても最後まで努力しようとする姿勢が大切なのだ。

和館の縁側から連なる飛び石。
石の形一つ一つはふぞろいだが庭園全体として見るとバランスが取れている。

続編では写真の和館についてお伝えしたい。

 
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)