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 南国奄美に移り住み命をささげた男
8年ほど前に仕事で訪れた奄美大島。南国の楽園と言われるこの島は私の人生観を変えるような極めて大きなインパクトを与えた島でもあった。
南国の楽園奄美大島出張へのリンクhttp://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/13027089.html
その奄美大島で今から33年前の昭和52年9月11日、無名の画家が一人淋しく誰にも看取られずになくなった。
画家の名は田中一村(本名、田中孝)
下の絵は田中一村の代表作「アダンの海辺」(昭和44年作)である。
この精密な描写に着目してほしい。
奄美大島の熱帯植物であるアダンの葉、実はもとより海辺の波、砂粒までが驚くべき精度で丁寧に描かれている。
一体、この絵を描いた田中一村とはどんな人物なのだろう?

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 田中一村略歴
田中一村(1908~1977)は現栃木県栃木市に生まれた。芸術家だった父の血をひいて日本画を志し、7歳にして大賞を受賞して神童と呼ばれた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
彼は50歳を前に前身全霊をかたむけた自信作「岩土村」が中央画壇で落選、落胆のあまり、その絵を火に投じる。
そして心に残った47歳の時の九州~奄美への旅行を思い起こし、南国の自然に魅せられて奄美大島に移り住む決心をする

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一村の没後33年を経過した今日、NHKの日曜美術館で彼にちなんだ放映があった。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
奄美に移り住んでからの一村は創作活動のために一軒家を借りた。そして大島紬の工場に勤めて生計を立てた。このため絵画の製作に没頭できた期間は彼が奄美大島で生活した20年のうちで9年に満たないものであった。そんな境遇でも彼は20点近い奄美の作品を世に残した。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 昭和40年代の作品「ヨウジュに虎みゝづく」フクロウの豊かな表情に注目してもらいたい。そしてこの精密な描写。熱帯植物ガショマロの根が複雑に絡み合う様子の極めて正確な描写は彼の真摯な人柄を表している。また左下の浜辺をバックに存在するイソヒヨドリが生の象徴をアピールしている。
 
 奄美大島に移住した田中一村は中央画壇の目を意識しながらも、力強く自信を持って自身の作風を表していた

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 作品「不喰芋と蘇鉄」(くわずいもとそてつ)…この絵を見た奄美の多くの人が怖いという印象を持った意味の深い絵であった。怖いという理由はまずこの絵は昔風葬のあった場所(聖地)からの眺望であること。中央右側に描かれた神宿る岩、立ち神(奄美の人の信仰)。赤い実をつけた不喰芋の一生、蘇鉄の雄花と雌花の存在(実際にはありえない現象を表現)。一村は生命の輪廻をこの絵で描こうとしていたのだ。
 
 一村はこの時知人への手紙にこう記した。「この絵は百万円でも売れません。これは私の命を削って描いた絵です。この絵は閻魔大王の土産ですから…」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 作品「奄美の杜」中央に描かれる鳥アカショウビンは一人奄美に渡って独自の世界を極め、展開しようとする一村自身の姿が比喩されているようにも見える」。そんな一村は昭和52年9月11日、自宅で夕食を作ろうとしていたときに突然脳血栓で倒れ、誰にも看取られずに69歳の生涯を閉じた。
 
 そして田中一村の絵が世間の脚光を浴びたのは彼の死後数年を経てからであった。
彼はおそらく生きているうちに世間(中央画壇)に認められようとは思わなかったのだろう。
「自分の死後に必ず認められるときが来る」こう信じて孤高の画家田中一村は一人旅だったのである。ある意味で彼は強い信念で自分の作風を貫いた画家であった

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんな一村の没後33年目にちなんで、私は黒糖焼酎「奄美の杜」を手に入れた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 岩と岩の間に奄美の海が確認できる。濃密な亜熱帯の杜、そしてサンゴ礁に囲まれた南国の楽園奄美大島を象徴する絵である。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
町田酒造の黒糖焼酎「奄美の杜」今宵は田中一村の大きな志を心に刻んでこの酒に酔いたい。
そうだ。何も、今認められなくてもいいのだ!」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私は誓った。奄美大島を再び訪れ、田中一村の歩んだ軌跡を偲ぶことを。
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コメント

No title

梟の絵はすごくいいですね~
笑ってるように見えました。
木なんかもリアルで、南国って感じですね~。
焼酎もロックで、グ~ッといきたいですね~。

URL | 不来方 条 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

自分は九州本土より南には行ったことがありません。
一度は行っとくべき場所ですね。

一村さんの晩年、そして死に様は決して不幸とは僕は思いません。
意識のないまま延命治療されたり、家族から追い立てられるように
介護施設に行かされる昨今の老人たち・・。
数字的に長生きしても、それじゃ人間の生活とは言えないんじゃないかと思うのです。><;

URL | ひろ-Nyan ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

独特な色彩ですね。
画風は、趣味じゃないですが色使いが面白いと思いました。
改めてじっくり見てみたいです。

URL | すなよし ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

不来方さん、この絵は気根の描写が細かくて、真摯な彼の性格を物語っていると思います。
フクロウは確かに笑っているように見えますね。
私としてはこの絵は奄美に来て十数年が過ぎた一村の自信の表れ(これからも奄美大島の絵を描いていく決意)ととりたいですね。

PS:この黒糖焼酎はどちらかというとニュートラル(甘口でも辛口でもない)です。辛口嗜好なら同島の「れんと」(サンゴ礁をイメージした薄紫のラベルが貼ってあり、青いビンに入っている)、甘口嗜好なら喜界島(隣の島の黒糖焼酎)をお勧めします。

※奄美大島は大きな島なので水は岩場を通ってきますから軟水、喜界島は隆起サンゴの島なので水はこの地層で濾過された硬水になるのが、焼酎の味の違いになるようです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

Hiroさん、この奄美大島は行く価値がある島ですよ。
ここに来ると時間がゆっくりと流れるような感じ(島時間)がします。
けん騒に追われて生活している現代人にとってはカルチャーショックです。
ここに来た時に「人生とは何なのか?」と真剣に考えました。
この島は自分にとって困難に当たったときの心のよりどころになっているのかも知れません。

延命医療については確かに難しいものがありますね。
Hiroさんと同じことを書きますが、一村がたどった道は彼の本望であり悔いはなかったと思います。
そして晩年に彼が思っていたのは「死後に自分の絵が認められるときが来る」という強い信念だったのかも知れません。
中央画壇からは見放された感のある彼ですが、死後に逆に見返した彼の一徹な気持ちは尊敬に値します。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

すなよしさん、昨日の日曜美術館で出演したかたも一村の絵は構図や色使いが巧みで面白いと言っていました。また一村の作品(魚や伊勢エビを描写した絵)は中学校の美術の教科書にも載っているようです。

ただしその内面に隠された一村の強いメッセージ(島の自然を描くことで生と死の対比を表そうとした)を知り再び驚かれたようです。

私もこのかたと同じで最初は表面的なものから入って、その隠されたメッセージの深さに驚いています。
まさに一村が命(魂)を削って描いた絵だと思います。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

昨年、青年部の九州ブロック大会で奄美に行きました。
11月になろうかというのにセミが鳴いていたのには驚きました。
マングローブの森を2人乗りのカヌーで嫁と探索したり(^^)
とても良いところでしたね!

URL | 雷電 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

雷電さん、私が8年前に奄美を訪れた時は真冬の1月でしたが、時に別世界のような暖かさで20度を超えました!

20度を超えた暖かい真冬に丸い石で敷き詰められたホノホシ海岸を訪れ、南国の強い日差しと独特の音(ヒュヒュヒュヒュヒュ~ン)に時間を忘れ感動したのを今でも覚えています。

マングローブにも驚きました。まさに東洋のガラパゴス、秘境というのに相応しい神秘の島、奄美大島です!

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは
関連記事から来ました。
魂がこもっていますね。傑作

URL | あるく ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

あるくさん、ありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

深みと輪郭、濃厚な色彩と強いコントラスト…。
こういう画を描ききれる画家がいたんだという思いを強くします。
強い思いを表現する芸術。素晴らしいと思います。
入選するとかしないとかに左右されるのはちょっと悲しいですが、それもまた、人のサガなのでしょうか。
孤高というのは、決して哀れむべき境地ではなく、他人に迎合して生きる習合こそが哀れむべき境地であると、私も考えます。

URL | ☆アツ☆ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

アツさん、「命を削って描いた絵」という言葉がとても印象に残りました。
文学に接し、命を削ってでも完遂した作品は多くの人の心を打つものですが、この画家田中一村にもそれを感じます。

一村が生活費を稼ぐために描いた肖像画(死後仏間に飾る絵)は恐ろしいほど精密にそのかたの外見のみならず、内面を見通しているような印象を受け、思わずはっとしてしまいます。

神宿る島奄美大島に移り住み、一村は絵という媒体を用いて南国奄美の奥底に潜む神がかり的な精神、神秘を後世に伝えようと思ったのかも知れません。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミック様へ
私はこの強烈な色彩に圧倒されっぱなしでした。ついこの間の事と思っていましたが。田中一村が逝って30数年経っていたのですか。驚きました。今この男の画集の日付を見ました。昭和60年発行となっています。これを見てその年月の経つのは早いとつくづく感じます。そして彼の絵がラベルとなった焼酎まで出ているのですか。なんというか隔世の感があります。ナイスです。有難うございます。

URL | 不あがり ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

不あがりさん、その画集は彼が死んでから8年後に出版されたのですね。
彼は奄美の人から見ればよそ者かも知れませんが、奄美のほとんどのかたは彼に畏敬の念を感じているのではないでしょうか?
不あがりさんのブログの記事で掲載された二枚目の「アダンの海辺」(昭和44年作)は一村が還暦を過ぎたころに描かれた名作ですが海岸の石の一つ一つに至るまで詳細に描かれております。
これは膨大な手間と時間を要したはずですが、私はここに一村の人間としての誠実を見るのです。
この誠実は奄美の人にも受け入れられ、画家として奄美大島に命を捧げた人としてこれからもずっと讃え続けられるものと思います。
まさに彼は芸術に生きた巨匠という気がしております。
ご意見、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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