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 北辰一刀流で有名な明治時代の剣豪、千葉周作
私も名前は知ってましたが、宮城県北部の現栗原市花山の出身であることは知りませんでした。
道路沿いに建っている看板です。通称、孤雲(こうん)屋敷、旧佐藤家住宅です。

この手の屋敷は立派な離れの門がありますが、この屋敷も例外でありません。
ただしこの建物は当初建っていた他の場所(同じ花山村内)から移転してきています。

旧佐藤家の由緒です。元々は姉歯氏の家来で幕末に肝入、その後村長を務めた家柄のようです。建築年は1780年前後とされ、この時代の大型民家の典型とされます。有形文化財に指定されています。

以前も紹介しましたが、この時代の民家は南側に日当たりのよい縁側を有するのが特徴です。
屋根は茅葺き、そして外壁は土壁塗り(左官仕上げ)となっています。

「こんにちは!」佐藤家の主人が私を迎えてくれました(笑)
土間と小上がりは同じ部屋になっていて間仕切りがありません。
この時代は家族で囲炉裏を囲んで食事をとりました。
土間の壁際には昔の農具が置いてありました。

これは座敷(南側)で寄り合いがあるときに使われていたようです。
天井はなく小屋組がむき出しになっています。

寝室です。北側になるのでやや暗い印象になります。

武家だったということでしょうか?いざという時にそなえてさすまたと槍が備えられていました。

一番奥の和室の北西部にある床の間です。書院造り風の障子、金箔塗りの天袋が昔の格式のある日本建築を思わせます。

北辰一刀流を名乗ることが許された千葉周作とは?

千葉周作の画像です。50代後半の時のようですが、堂々たる体格(6尺)と鋭い眼光が剣豪の片鱗を伺わせます。
この時代の剣豪と言われた人は武道だけでなく、文武に優れていることが条件でした。
千葉周作も例外にもれず、俳句などをたしなみ教養人としての一面を見せました。
まさに文武両道です。

少年時代に佐藤孤雲から剣術の「逸材」として見込まれた周作ですが、周作の父幸右衛門が孤雲から秘伝の名刀を譲り受けます。この刀は息子の周作に手渡されます。
そして孤雲からは「大きな志を立てるように」と諭されました。

若かりし千葉周作(14歳)はこの言葉を聞いて奮い立ったに違いありません。
孤雲屋敷は落ち着いた古民家ですが、千葉周作の熱い志を肌で感じました。
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