FC2ブログ
 Georges Bizet: L'Arlésienne-Suite - Farandole 
リンク曲について
有名な「アルルの女」第2組曲より ファランドールである。個々の差はあれど人間にとって平坦な人生など在り得ない。どんな人間でも全てが順風満帆とは成り得ない。世に「勝ち組」、「負け組」という言い回しがあるがこれらの中には自分で自分にレッテルを貼ってしまったものも少なくない。50の大台を向かえてから、パッとしたサラリーマン生活を送ることの出来なかった自分など、人から見れば「れっきとした負け組」なのかも知れない。

負け組ならそれでいい。それでも私はそれなりにセカンドライフで自分の活路を見出した。或る建設会社の安全管理をすることが、その企業の役に立っているからである。自分が本当にやりたい仕事は大型ダンプカーの運転だが、この仕事には縁がなかった。キャリアや年齢のこともあるが、これも時の運と思って諦めかけている。その夢は今も捨て去ってないが、本心を述べれば、セカンドライフで自分がどれだけ世の役に立てるかを問いたかったのである。セカンドライフのステージで拾う神がここに存在する以上、自分はその誼に報いたいと考えている。

一時は世捨て人となりかけた自分を、必要としている企業がここに存在し、自分を雇用してくれている。この事実に際し、天は自分を見捨てることなく、ずっと見守っていてくれたのだなと思う。同時に過去に抱いた自分の蟠りなどを一切捨てて、堅気の道に戻りたい。長脇差は今が捨て時であると思うのである。人間の人生を凝縮したようなこの曲を聴くと、そんな自分の後半生が甦ってくる。多少の小さな波はあっても、激動極まる定年前の数年間を何とか無事に乗り切ったことへの感謝を、今宵はこの曲に託し、週末の美酒に酔いたいのである。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
私は先日二度に渡って木村紀夫氏の「戊辰戦争150年」に関する歴史講演に出席した。そして木村氏の考えが自分の考えと非常に近いものを感じた。木村氏は仙台生まれの石巻育ち、私は石巻生まれの仙台育ちでまったく正反対なのだが、同じ仙台藩を愛する者として方向性の一致を見ているのである。但し木村氏は自分よりも年長である。このままだと自分が木村氏から襷を受け取らねばならないと考えている。

郷土の先賢に向かって大変失礼な物言いとなるが、木村氏は熱血漢である。それは二回に渡る歴史講演会で、伊達政宗公が晩年を過ごした若林城が仙台刑務所となったことを堂々と述べ、そこに新政府の嫌がらせが存在したことをはっき述べたからである。そして政宗公の廟所となった瑞宝殿に立てられた戊辰戦争の忠魂碑のすぐ後ろには便所が建てられた。これは明らかに侮辱であるが、往時の宮城県人にはそれに立ち向かうエネルギーすらなかった(異議を唱えれば冷遇される)と言うのである。

大変信じがたいことだが、木村氏によると今でも長州派閥という言葉が存在し国政における権力を操っているという。自分はそれを聞いて「歴史を知らないことは恐ろしいことだ」という言葉を改めて、実感した気がしている。自分は誓った。「これからは東北の時代を造る。そして東北を見下げた者どもを必ず見返す。」と。自分には木村氏の意志を継ぎ、その熱き志を次世代に伝える義務があるとさえ思っている。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
横町挨拶
今回台風の被害にあった地域の皆様には謹んでお見舞い申し上げます。ところでブログで戊辰戦争のことを取り上げるのは、殊のほか重さを感じます。それはどちら(新政府軍or奥羽越列藩同盟軍)の肩をもつかという些細なことですが、時としてこのことが大論争に発展する所以にございます。自分はそのリスクを百も承知の上でこの記事を書きました。

自分には一つだけお願いがございます。それは根っからの東北人、宮城県人である私の記事に関して批判を書くならば、インターネットという隠れ蓑は一切捨て去り、’さしで話せるようなかた’に限って意見を伺いたいのです。匿名という隠れ蓑があればどんなことでも書けるからです。明治維新について新政府側の擁護をどうこう書くのはいいが、書くならブログを開設(ブログ開設においては住所や氏名などを明らかにする必要がある)し、はっきりと所在を明かされたい。

そういうかたであるならば、例え境遇は違っても郷土を愛する気持ちに変わりはない(わかりあえる部分がある)と自分は考えます。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

関連記事

コメント

No title

世の中には、表に出ないけれども厳然と存在する差別や嫌がらせがあるというのは、この例だけではないと思っております…。。。
貴兄が、これを是正してゆくという姿勢、頼もしく思います…。。。

URL | boubou ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

横町利郎様へ
長州派閥というのは未だにありますね。田中角栄が新潟から首相になります。大功績の人物ですが。アメリカのCIAに逆らったという事で言われの無い事で刑事罰を受け失脚します。それ以外は長州派閥が脈々と続いているのは事実です。岸信介はA級審判からCIAにより救われて首相にまで上り詰めた人です。その弟が佐藤栄作、岸の孫が現在の安倍さんです。これを見ても未だに続いているなと私は感じます。勉強になりました。ナイスです。有難うございます。
追伸。このコメントが拙いようでしたら削除して下さい。

URL | 不あがり ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> 62まきさん
歴史関係の記事は時として批判にさらされることがございます。或いは自分はこういうことを知っているという一方通行的な情報も寄せられます。

但しそれらは正論であっても受け入れ難い。それは所在が明らかでない人物の発するものであり。発言が無責任であるということです。
私が郷土研究会や歴史講演会などに出席するのは、単に知識を深めるという意味だけでなく、こうした摩擦を未然に防ぐ(親睦的な雰囲気の中で語り合いたい)という意味がございます。

本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> ヤスミンさん
昨日は酒に酔って途中からハイテンションになり、勢いあまって、特に後半におかしなコメントを書いてしまい、恐縮しています。(今しがた訂正)

自分はこういう類の随筆をへぼの横好きで書いております。話題を提起し、それを人様と論じ合うのが殊のほか好きです(笑)但しブログを開設していないかたや開設していても徳(礼節や仁、誠)のないかたとは交流致しません。歴史関係の記事は時として批判の矢面に立たされることが珍しくございません。

私の周囲でも戊辰戦争など興味がないという人が増えていますが、過去を知らないということは恐ろしいことでもございます。自分は木村氏の主張に同調するとともに、これからの東北がどうあるべきか?を探って参ります。その手法はもちろん執筆によるものとなります。

PS:同じ連合軍側でも駿府や山形ではかつての当主が居城を構えた場所の刑務所はその後に解消されたと聞きました。

本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> boubouさん
自分は今まで滝に石を投じるようなことをしてきました。但し、曲がったことだけはしない。そういう信念が今の自分を存在に至らしめていると自己分析しております。

意見があるのなら、所在を明らかにしてから伺いたいと考えております。自分は歴史講演会などの場でよく発言しますが、こういう席でも礼に始まり礼に終わる姿勢を崩しません。即ち、武道における礼法(先方を労わる)とまったく変わりのないものです。

自分は過去においても、自分が書かなければ誰が書くという記事を手掛けて参りました。
❶坂口安吾作品「伊達政宗の城に乗り込む」
❷東北を植民地呼ばわりした侮辱を他者の発言と断りつつも引用した某有識者
にございます。

殆どのかたは郷土を愛していますが、東北へのヘイトスピーチをするのなら、相応しい場で願いたい。そして異論も聞く姿勢を持って頂きたい。本記事はそのような意図で書きました。

本日もお励ましを頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> 不あがりさん
削除とは滅相もございません。我が東北に対する貴兄の真摯な姿勢と伊達政宗公への考察はにはいつも感謝しております。

ところで地球の内部には核やマントルがあり、我々はそれを知らなくても生きてゆけますが、それを知ることで初めて自分の存在が奇跡であるのを認識し、感謝の念が生まれます。

歴史に関しても全く同じことが言えます。即ち、私は郷土史を学ぶことで、自分の郷里である石巻が極めて人為的なことで造られた人工的港湾都市であるのを知ったわけで、ここに己が存在する奇跡を感じるのです。

貴兄にはいつも世間の成り立ちに於ける裏事情の更なる裏をご教示頂き感謝申し上げます。本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

おはようございます。
自分の意見を堂々と書かれる横町様にはいつも感激いたします。差別や侮辱を受けられた事が歴史の中であった事はとても残念な事だと思います。
今の時代、それを見返し次世代へ繋ぎたいですね。
意見があるかたには匿名ではなく述べて頂き
堂々と話し合う姿勢を持って頂きたいものです。

URL | joeyrock ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> joeyrockさん
木村氏は先賢の郷土史家ですが、今は同じ仙台藩を思う同志が出来た気が致します。自分はこれからも作品と向かい、我が東北の未来を見つめて参りたい所存です。
自分の存在は’鎹’の如しで繋ぎ役になればそれで良いと考えています。
PS:北海道に渡った仙台藩のこともいつしか触れてみたいと考えています。
本日もお励ましを頂戴しました。良い週末をお送りください。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

お早うございます、

長い人生に於いて良い時も有り、悪い時も有ります、
勝った事も負けた時も有りました・・
最後のいまわの祭に自分が良い人生で有ったか?
不幸な人生であったか・・・?

最高に良い人生で有ったと言って此の世を去りたいですわ、
昨夜は美味しいお酒でしたかhttps://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s368.gif">

どうぞ良い週末をお過ごし下さい、

URL | 雲MARU ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> 雲MARUさん
狭い日本ですが、それが二つに分かれて戦ったのが、つい150年前のことでした。木村氏によりますと、未だにこうしたことが余韻として残っていると言います。例えば原発のある地域の86パーセントはかつて賊軍とされた県でした。

我が国の東西をあまり意識はしたくないのですが、心の中には過去の歴史を確と刻んで参りたい所存です。本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

おはようございます。
リンク曲「アルルの女」久しぶりに聞きました。
祝いの踊りの中主人公が身を投じる戯曲、
ドラマチックでした。

勝ち組、負け組?どちらかと言えば勝ち組かも~
平凡な人生を生かされて、まだわかりません
最後の最後まで。語力するのみです。
いつもありがとうございます。

URL | ボタンとリボン ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんにちは~
勝ち組、負け組と聞かれると~
若い時は“負け組み”でしたかも

それでもいまは平凡に暮らして行けるのは
“勝ち組”でしょうか

いつも横町様から教えられる事ばかりです
これからも宜しくお願い致します。

URL | ともたん ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

戊辰戦争・政治などさもすると炎上を招きかねないテーマですよね。しかし正面から論じることも必要なテーマであることも事実かと思います。

個人的には総理出身県の偏りよりも、議員世襲や階層・格差の固定化の方が問題かな、、、と思っています。

URL | 暇人ity ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> ボタンとリボンさん
「アルルの女」はドラマチックなストーリーを髣髴させる曲ですね。最近はブログと音楽リンクをセットで考えることが多いのですが、もう一つ加えれば酒です(笑)

自分は歴史ものを書くので侍に成り切る必要性がございます。そんな時には結構早い時間から飲むこともございます。

勝ち組とのことで何よりと存じます。本日も格別なる追い風を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> ともたんさん
ご夫婦で支えあい、社会福祉活動も行い、今日では勝ち組となっていらっしゃるのですね。なるほど、結構なお話を伺いました。

東西の日本が真っ二つになって戦った戊辰戦争ですが、こういう話題は気合を入れてゆかないとまずいと思い。昨日は冷酒をあおり、記事を一気に書き上げた次第です。

本日もお励ましを頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> 暇人ityさん
情勢に詳しいですね。ところで木村氏によると、かつての宮城県は「従順県」(逆らうことを知らない県)と言われたそうです。今でも国の情勢を見渡すと往時から引きずってきた偏見がなくなったとは言えないと認識しております。

自分は時として郷土の名誉を守る為に糾弾も行っています。それでもルールがあり、インターネットなる隠れ蓑を纏うことなく’さし’で堂々と会える人物と話がしたいと考えています。

本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

こんばんは

戊辰戦争から150年たつのですね。

木村氏の講演会に2回もいかれ またお考えも相当近いものがあるようで横町さんとしては
我が意を得たりの心境でしょう。
戊辰戦争後の仙台藩の扱いはかなり無礼な扱いだったのですね。
どの藩にだってそれは許せないという想いは150年たっても 歴史を知る人にはあることでしょう。

今の時代 なるべくなら150年前の恨み辛みで
生きていきたくはありませんが
歴史を押さえておくことは必要なことですね。
知らないと言うことは何も無かったことになりますからね。

URL | つや姫日記 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> つや姫日記さん
木村氏は二回の講演で庄内藩のことにも触れていました。本間家の財力が最新式の武器を持つ要因となり、庄内藩の快進撃に繋がったと受け止めております。但し残念なことに奥羽越列藩同盟の連携がバラバラで士気が今ひとつ上がらなかったのは大変遺憾にございます。

我々はこうした過去があるから現代に生きています。自分は己が生を受け、存在する場所に、どんな過去があって、何故自分が生かされているのかを知ることは殊のほか意味のあることと受け止めております。即ち、過去を知ることは現在と未来を見通す千里眼にも繋がる所以にございます。

本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

郷土愛で意気投合する間柄では意志を継ぐことも
あるかも知れませんね。
仙台は冷遇されていた時があったのですね。
しかしあれから150年今は立派な都市ですね。

URL | ことじ ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

> ことじさん
今でも仙台市の若林城跡には刑務所もあり、政宗公が眠る瑞宝殿のトイレもそのままです。このまま残れば子孫はどう思うのか?それを考えた今回の歴史講演出席にございました。

歴史に接した際、枝葉はともかく、大きな流れを踏まえねばなりません。日本国全体の成り立ちを考えるならば、こうした幕末の出来事も視野に入れねばなりません。即ち、己の視野を広げ進むべき道に明かりを灯すのが、歴史認識であると捉えています。

本日も厚誼を頂戴しました。コメント、ナイスを頂きありがとうございます。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

コメントの投稿

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)