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 ボロディン オペラ「イーゴリ公」より「韃靼人の踊り」 
リンク曲について
セカンドライフにおける週休三日の恩恵を今の自分は有難く捉えている。それも週の真ん中に当たる水曜日が休みになるのが大きい。正に今週のハーフタイムとなるのが明日の水曜である。休みの前に寛いだ気分で音楽を味わい美酒に酔う。これ以上の至福があろうか。平凡に勝る至福がないと考えるならば、けしてそれ以上を望んではならないと思う今宵の自分である。

このオペラ音楽に対して感じるのは森羅万象における人間の存在の儚さである。悠久の時の流れから見れば己の存在など芥子粒にも及ばないわけだが、人間はその芥子粒にも及ばない中でつまらぬことを悩み、過去を悔い、己の境遇に不満を抱いている。不満を抱く前に現世に生かされていること自体を感謝せねばならないのに、これをすっかり忘れている。自分がこうしたことに気付き、新境地を築くに至ったのはやはり定年前の試練であり、儒教思想との出遭いに他ならないと認識している。
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帰宅時(17時40分頃)に仙台都心部のビルを見上げた。ビルに反射する西日が既にだいぶ傾いてきている。7月の頃とは明らかに違うのである。残念ながら、だいぶ日が短くなってきたようだ。残暑はあるものの、流れは着実に秋に近づいている。

本題に入ろう。実は最近毎朝のカフェ立ち寄りにおいて劇的な変化があった。それは読書中心のモーニングタイムから執筆中心の時間へと変わったことである。執筆のテーマは「大河北上と我がルーツ」の続編である。今までは史実を並べつつ、単なる紀行文的な領域を出なかったのだが、自分のルーツに迫ることについて、ようやくペンが進むようになったのである。ここまで来るのに相当の時間と労力を要したが、いよいよ分厚い壁を突破した気がしている。
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横町挨拶
自分はここ数日中に、この作品をブログに発表したいと考えています。自分は5年前に仙台藩士・支倉常長に関する歴史小説『金色の九曜紋とともに」を書きましたが、この時も相当の準備期間を要しました。生半可な気合の入れ方では歴史小説は書けません。難産に難産を重ねて生み出されるのが歴史小説と自分は考えています。

本日は尊敬する作家、山本周五郎が「樅ノ木は残った」の中で登場人物(盲目の按摩)の口を託して述べた言葉を披露したいと存じます。それは「芸術(文芸)は真に入るほど世俗からは見捨てられる」という言葉です。今の自分はこの言葉通り、世俗から見捨てられてもいい(作品を書くのと引き換えに奇人変人扱いされてもいい)とまで考えています。(笑)本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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