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Deep Purple - Smoke On The Water (Live At Montreux 2006)
リンク曲について(Wikiより引用)
イギリスのロックバンド、ディープ・パープルの楽曲。1972年に発表したアルバム『マシン・ヘッド』に収録。1971年、スタジオとして使用する予定であったモントルーのカジノでフランク・ザッパのコンサートが開かれた際、信号拳銃を持った熱狂的なファンが放火、その一部始終を歌詞に綴ったいわくつきの曲である。

この曲は一部のスマートホンの着メロなどにも使われており、聴き覚えのあるかたも多いものと察しているが、激しい旋律を帯びながらも含みの深い曲である。ロック、ジャズ、クラシックを主に好む自分だが、聴けば聴くほど感性に馴染んでくる曲である。然らば、休日の夕刻のアルコールに合わせるのも悪くない気がする。
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本日、私は息子とともに宮城県南部に移動した。目的はゴルフのアプローチ練習と、亘理図書館に借りた本を返すためである。ここは過去に何度か足を運んだ岩沼のゴルフアカデミーは非常に良心的な練習場である。ちなみに、この周辺で整備されたグリーンつきのアプローチ練習場は殆ど存在しない。この練習場では普通のショット練習も出来るが、これは敢えてしない。

この練習場でしか出来ないアプローチ練習(アプローチはパットとともにゴルフのスコアメークには最も大切な要素)を格安(一時間¥500)で出来ることに意義を感じているからである。息子とは炎天下の下、一時間に渡って練習を行った。水分補給、5分間の休憩(冷房の効いた車内)での涼みは唯一の熱中症対策である。

ロブショットを主に練習した。ロブショットとは下りのグリーンや手前の障害物に際した時に使われるボールを高く浮かしてピンに寄せようとするテクニックのことである。ボールが接地してからのラン(転がり)は極力押さえねばならない。この打ちかたは滅多に使わないが、これをマスターしていないと本番のラウンドで困ることがある。こうしたテクニックは理論で覚えるのではなく、体で覚える(小脳が反応するようにする)ことが肝心である。

練習を終えた後のグリーンにはこのようなディポット(球の跡)がつく。店側としてはメンテナンスが大変と察している。それでもこうしたことを考えれば一時間で一人当たり¥500の使用量はけして高くないと捉えている。

亘理町の悠里館に立ち寄り本を返した後で向かったのは、町内のラーメン店「見晴」である。

亘理町は東に太平洋を控え、周囲を田園で囲まれた長閑な町である。青くなった稲穂を眺めながらの食事は上々至極である。

二人が揃ってオーダーそたのは「春かおるえび塩ラーメン」(税込み¥800)である。具には大きなエビ一匹と桜海老、チャーシュー、シナチク、海苔、ネギなどが入っている。エビで出汁をとったラーメンは組み合わせが難しいが、エビの出汁を邪魔するものは何もなく、全てが調和している。桜海老の存在感が凄く、山椒は小粒でもピリリと辛いを彷彿させる取り合わせである。会津麺(ちぢれ麺)を採用したのも正解と受け取った。



帰り際に十文字館跡(拙ブログで紹介済み)に立ち寄った。中世豪族がこの地を離れて四百数十年が経った。かつての豪族が居を構えた跡地には野菜が植えられていた。十文字氏は滅亡したかに思われながらも、宮城県北部(涌谷町)に逃れ見事に復活を果たした名族である。十文字氏は生き延びる為に手段を選ばなかった。何度も寝返って子孫を現代に残したのである。自分は数年前、家族を養う為に手段を選ばず、立ちはだかろうとする壁に立ち向かったことがあった。自分はここに何か親近感のようなものさえ感じた。

横町挨拶
自分にとっての今年の盆休みは残すところ、後一日となりました。それでも現役時代のころの切迫感は全くございません。それは現役時代に於いて果たすべきことを果たしたからに相違ございません。本日亘理町の十文字館跡を訪れ、感じたのは歴史は何度も繰り返すということです。そういう自分もかつては歴史を軽視していた一人ですが、歴史に興味を持ってから人生観が180度変わりました。それは歴史はけして過去の遺産でなく、将来の自分に灯火を灯す存在と成り得るからです。

人は歴史を知らなくても確かに生きて行けます。大昔の人間は確かにそうでした。但し、時代は日を追って変わりつつございます。現代に於いて歴史を知らないことは、暗い夜道を自転車で無灯火で走行するが如く危うい。自分がこれに気付いたのは五十を過ぎ、多くの曲折を経て心の病を脱してからでした。

話は変わりますが、定年を間近に控えた頃、自分が亘理に居を構えられたことは大きなアドバンテージとなりました。過去に於いて自分を潰そうと思った人間が存在したことは認めざるを得ない事実ですが、こうしたこと(相馬勤務と亘理での単身生活)が自分を奮い立たせ、’見返し’を決断することに繋がりました。

一見すると障害とも思える事が、逆に自分を鍛え、無事に定年退職を果たす間接的原動力に繋がったのは事実です。亘理住まいのおおらかさは捉え方によっては閑居とも受け取ることができますが、この閑居住まいが自分の心を研ぎ澄ます追い風になった気が致します。こうした既成事実を振り返り、やはり一方的な思い込み(田舎住まいイコール左遷という一人よがり的思考)は良くないと考えます。

今の自分はようやくこうした過去の蟠りから身を転じ、見つめるべき方向に目を向ける状況となりました。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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