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※この小説は筆者の少年時代の記憶によって書いたノンフィクションである。

昭和41年に亡くなった祖父が残したもの

小学校一年で父を亡くした利郎は家庭の事情で七回も住まいを替えることとなった。
多感な少年時代の様々な出来事の中でその後の修作に大きな影響を与えたのは、小学時代夏休みに実家の祖父母に連れそられて行った金華山(宮城県牡鹿半島の先端に位置する信仰と観光の島)への船旅だった。それは単に親戚の家に泊まるのとは違い 、利郎が生まれて初めて経験する旅行らしい旅行だった。
利郎は父を早く亡くしたことで友達にも引け目を感じ、そのことが常に暗い影を落としていた。
利郎は友達と遊んでいても、父親がいないことを友達に知られることをひどくきらっていたのである。

利郎が実家の石巻を離れて、仙台に転校したばかりの小学4年生の夏休みのことだった。
夏の日差しではあったが、海岸の港町特有の浜風が入ってしのぎやすい日であった。バスの最前列に座っていた利郎は石巻の中町停留所(終点)で、到着を待つ祖父母の出迎えを受けた。

軍人あがりらしく背筋をピンと伸ばした祖父清治郎が手を振った、利郎もうれしさのあまりほとんど同時に手を振った。



「やあ。」清治郎は昔の軍人らしくぼくとつではあるが、一種の温かみのある雰囲気で利郎を迎えた。それに引き換え、祖母しほは昔の女性らしく、一歩下がって祖父の前に出ることなく、やさしいまなざしで初孫の利郎を見ていた。
「利郎、仙台の学校はもう慣れたか?」清治郎は聞いた。
寡黙な利郎は「うん。」と一言だけ答えた。

利郎が生家のお菓子屋に着くと、少し錆びた内装ギアのついた亡き父の錆びた自転車が置いてあった。「もう父はこの世にいない…」と思うと利郎は子供心にもせつなさを感じた。

その夜、利郎は祖父母と川の字になって、明日の金華山に思いをはせて期待に胸を膨らませて床についた。
床に入って利郎は何度も寝返りをうった。『はたして牡鹿半島の先端のこの島にはどんなものがあるのだろう。』という好奇心と、生まれて初めて母のもとを離れて祖父母とともに一泊旅行に旅立つ興奮とが入り乱れて、夜遅くまで寝付かれなかった。

翌朝、金華山に向かうその日、石巻の空は好天に恵まれたが風が少し強かった。
船は旧北上川河口の船乗り場から外洋(石巻湾)に向かって出航した。
船は遠洋漁業の停泊中の大型漁船と造船場が立ち並ぶ活気のある港町を横目に見ながら、河口に向かって進んだ。河口を出るまでは波は穏やかだったが、外洋に出ると次第に波が高くなってきた。

石巻の河口から船での金華山までの航行はたっぷり2時間以上はかかった。初めて船に揺られた利郎は船酔いした。彼はしほから背中をさすってもらい介抱された。

しほは、以前にものごころついたばかりの利郎を石巻唯一の丸光デパートに連れて行き、この地方ではここでしか食べれないソフトクリームの味を教えた。
また、商店会の会合で当時はめったに食べれなかったハイカラなコーンシチュウの味を利郎に教えた人でもあった。
それだけではない。生家のお菓子屋の店頭に並んだものは利郎が望めばほとんどが彼に与えられた。
揚げたての薩摩揚げを食べたときは、その素朴ではあるが、魚肉の加工がもたらす素材とは異なる食感に驚いた。
明治ミルクチョコレートを食べたときは、和菓子とはとは全く違ったとろけるような甘さで贅沢を感じさせる味覚に利郎は感動した。
またチョコレート色の包み紙が国鉄(現JR)の仙石線(注釈:仙台と石巻を結ぶ電車で利郎もよく乗車していた)の列車の色と酷似していて、幼い利郎にはその色が興味深く感じられた。
幼少期の味覚というものは、その人間のその後の食の嗜好に大きく影響するものである。今思い起こせば、その一つ一つが忘れ難い珠玉の想い出ともなるものであった。利郎はそういう意味も含めて、この優しい祖母を慕っていた。

金華山に到着したその日は利郎は祖父母に連れられて金華山神社にお参りをした。動物園でしか見たことのない鹿や猿が神社の境内や野原、林に放し飼いにされているのを見て彼は興奮した。
その夜、修作は清治郎と宿の風呂に入った。湯船に入った利郎は知らないおじさんから「坊やはよく日に焼けているね。」と言われた。
そう言われると利郎は悪い気がしなかった。
それは父がいないという引け目が「少しでも自分を強くたくましく見せたい」という相反する気持ちにつながっているからに他ならなかった。

部屋に戻ると、ごちそうが用意されていた。利郎にとってはごちそうよりも和室と続きの板の間に置いてある椅子と机のほうが目についた。
そこからは海は見えなかったが、金華山の松林の生い茂る急峻な山が見えた。
利郎は家屋の中に居ながら、自然に溶け込めるような一種の野趣のようなものを肌で感じた。
「これが旅館というものなのか。なかなか洒落たもんだな。」…利郎は生まれて初めて、子供ながらに一種の旅情のようなものを感じた。

あくる日、やや遅い朝食をとった利郎は祖父母に連れられて金華山の野山を散策した。前日とは違って蒸し暑い日だった。坂の多い道であったが、登坂に差し掛かった際、清治郎が後ろ向きに歩行するのを利郎は面白いと感じ真似をした。利郎は二人を優しく見守るしほの微笑みが殊の外印象に残った。

標高の高い地点の木々の合間からは白波を立てて漁船が通るが見えた。この日は結構暑かった。松の木の林からゆらゆらと暑気が立ち込め、原野に目を移すと盛夏を思わせる陽炎が見えた。

「利郎、海に行くか?」清治郎は聞いた。海と言っても金華山の海はほとんどが岩場だった。
岩場に行くと清治郎は突然衣服を脱ぎ始めた。
ふんどしも脱いで全裸になると、清治郎は沖に向かって泳ぎだした。そこは波の荒い場所で海水浴場でもなかった。
遠くから人が見ていたが清治郎は『そんなことは眼中にない。』という感じで悠然と平泳ぎで泳いでいた。
他人が見ているところで突然全裸になって泳ぎだす…これは利郎にはとてもかなわないことだが、少し気恥ずかしい気持ちにもなった。

悠然と岩場で泳ぐ清治郎



…それから4ヶ月後の12月、仙台にも戻った利郎は放課後の帰り、出迎えた母に石巻の叔父から発せられた一通の電報を見せられた。
「ジジシス、スグコイ」…突然の祖父清治郎の死だった。
利郎はあの金華山旅行が祖父との最後の別れになるとは夢にも思っていなかった。

葬式の日の出棺のときに、ある親戚から「利郎、お前は男なのだからおじいさんの最後の顔を見ておけ。」と言われた。
すると、しほは「見ないほうがいい…」と言った。
利郎は「ここで俺が孫を代表して、祖父の死に顔を見ておかないといけない。」という気持ちにかられ、清治郎の死に顔を見た。
『我が人生に悔いなし』とでも言いたいような穏やかな顔だった。人生をまっとうしたとも受け取れるような顔でもあった。

利郎は、4か月前に清治郎が金華山で泳いで見せた場面を思い出して亡き祖父を偲んだ。

…あれから長い年月が過ぎ去った…

中年になった利郎はあのとき祖父から渡されたバトンのようなものを感じた。一瞬祖父の顔が脳裏に浮かんだ。祖父はこう言った。「利郎、お前は唯一の男の孫だ。昔でいえば家督だ。然らば誇りを持って力強く人生を生きて行くんだ。」と。

不慮の死で、父からは直接バトンを受け取れなかった利郎だが、祖父の筋の通った生き様は一生忘れることはないだろう。

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