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KROG(ケロッグ)ホームページへのリンク http://u-go.to/krog/

KRシリーズ、それは当時のカワサキ2ストワークスレーサーにつけられたネームであり個性の塊であった。

KRとの出会い

KRとの出会いは今からさかのぼること33年前、SUGOサーキットで見た2台のグリーンモンスター(KR750)だった。
当時、学生だった男は1976年、友人数人と東北で初めて行われる750CCのレース(TBCビックロードレースフォーミュラー750CC)を観戦していた。
2サイクル3気筒750CCの水冷エンジンから発せられる「クウォーーン」というカン高い排気音(轟音)はコースの反対側に行ってもこだまして聞こえた。
そして一面に立ち込めるすさまじい紫煙はこいつがただ者でないことを想像するに難くなかった。
一周目のウォーミングアップ走行時にホームスタンドを通過したときは「速いな」という程度だったが、スタート開始後の二周目に再びホームスタンド前を2ストローク750CC(スズキは700CC)フルスケールの各社のマシンが通過した時はあまりの速さに目がついていかなかった。
『なんというスピードなんだ!!!』…スタンドは総立ちとなった。ヘアピンで60km/hまで減速したマシンは10パーセント勾配のSUGO名物の最終コーナーの急な上り坂を、たった250mほどの助走で時速270km/hのスピードで駆け上がった。こいつはホントに怪物だった。そしてこの怪物を自由に操る二人のライダー(阿部選手、和田選手)は眩しかった。

このスピード、この加速!…SUGO名物の10パーセント勾配の急坂はライダーから見ると空に向かって飛ぶような迫力があるという。翼をつけたら本当に飛ぶのかも知れない。

KR750とはどんなマシンだったのか?このURLをクリックしてください。 ↓↓↓http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/21527085.html

その時、KR伝説は始まった…

70年代後半カワサキはGP250CCクラス、350CCクラスのそれぞれKR250、KR350を送り込んでコークバリントンらのライディングによって、次々に世界を制覇していった。
KR350とはどんなマシンだったのか?このURLをクリックしてください。 http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/23231826.html
このような中で80年にカワサキは最高峰の世界GP500CCクラスに満を持してKR500を送り込んだ。独創的なマシンはライムグリーンの異色マシンと言われて注目を集めたが、惜しくもマシンの熟成があと一歩というところで82年で姿を消した。

この悔しさはけして忘れはしない。

注釈:KR500とはどんなマシンだったのか?このURLをクリックしてください。 http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/21508538.html

そして…

ヤツがデビューした84年、当時駆け出しのサラリーマンだった男はレーサーKR250とまったく同じネーミング、オールアルミフレームに独創的な高性能水冷2サイクル、ロータリーバルブ、タンデムツインエンジンを搭載したこいつを羨望の目で見ていた…いつかはこいつに乗る。こいつは俺が乗るために生まれてきた生え抜きの駿馬だ…しかしこの想いは青春時代の実らぬ片想いに似ていた。それは男にとって単なる青春の思い出の一こまになろうとしていた。…それから十数年が経った…

運命の出会い

あれは忘れもしない。98年秋に家族ドライブで出かけた白石市の七ケ宿街道沿いのバイク屋にこいつは居た。
一目惚れだった…しなやかなボディー、ライムグリーンのタンクにKawsakiのロゴの黒文字はあまりにも眩しかった…今自分のものにしなければ一生思い出だけに終わる…次の瞬間、男は決断(衝動買い)した…
数日後レンタカーの軽トラを借りてこいつを引き取った。
最初はノーマルで乗っていたが1年経ってから、憧れのGPレーサーKR500に近づけるべくカスタムを始めた。まずガソリンタンクをKR500風にシルバーに塗装、サイドカウルをイエローに塗り、サイドカバーにメインスポンサー、PIONEERのステッカーを貼った。そして2000年、男はKROG東北ミーティングが蔵王で開催されることを知ってこのマシンで参加した。
下の写真はこの時のものである。(写真提供:静岡県Wさん)

2000年8月20日の蔵王ミーティング、男はKROGの仲間と初めて交歓を交わした。



人生のスランプへ…

そして男はカワサキを、KRをひたすら愛し続けたが…
それから数年が経ち、男はうつ病になりバイクに乗る気力も失いKRを降りようと思った………

KRとともに復活!

しかし………2008年、うつ病から回復し再びよみがえった男の心に

情熱の炎が激しくスパーク☆☆☆☆☆した。

この年の夏、東京のKRマニアtetsuma3yaさんとホームページを通じて知り合ったちょうど同じころ、奇跡的に超レアパーツ(BEETチャンバー、フロントフェンダー、ピットクルー津田沼レーシングシート…)を入手し、更にtetsuma3yaさんからのパーツ(リアサス、カムダンパー)の供給も受け大幅にカスタム、マシンを更に本物のKR500に近づけた。tetsuma3yaさんのホームページ「鉄馬再生LIFE」はこのURLをクリックしてください。 ↓↓↓http://motor.geocities.jp/tetsuma3ya/index.html

現在のKR500REPLICA(撮影場所仙台市郊外大倉ダム、撮影日時2009年12月6日)



マシンに魂が入った!!

2009年KROG東北支部を立ち上げた男は本部とともにコバルトラインミーティングを企画して開催し、仲間と一緒にコバルトラインを走った。すでにその走りは以前の元気がないときの走りではなかった。コーナーでの体重移動と五感をフルに使ってのライディングはKRの眠っていたマシンポテンシャルをひきだした。
2009年KROGコバルトラインミーティングへのリンク:http://blogs.yahoo.co.jp/bgytw146/21171403.html

男はこのマシンを乗りこなすことを天命として受け取っていた。

それは男が若い時からいだいてきたKRシリーズへの強い憧れから来るものに他ならなかった。
そしてきょうも走る。

青春を取り戻すために、そして『KR伝説』を作るために…

KR命!

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