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小説「常磐」(じょうばん)




「武蔵野の面影は今わずかに入間郡に残れり…」で始まる国木田独歩の小説武蔵野。(注釈:今から約11

0年ほど前の1898年、まだ自然がいっぱい残っている東京近郊北部~埼玉県にかけての自然…林、野

原、小川、池、あぜ道…それに調和する茅葺屋根の農家の屋敷を詩情豊かに描写した不朽の名作、当時誰

も着目していなかった人工的に作られた雑木林の秋から冬にかけての移り変わりのすばらしさを初めて表

した作品でもある)これに感化されたわけではないが、私は以前から東北の湘南といわれる常磐(じょう

ばん:現在の茨城県と福島県浜通り地方の総称)地方に大いなる関心を寄せていた。

 そのきっかけになったのは今から48年ほど前に、もの心のついた私が母に連れられて現いわき市の舞

子浜(まいこはま)に住む叔父を訪ねたことにさかのぼる。

 当時、叔父は医師の開業のための見習いとしてこの地で雇われ医師として働いており、新婚ほやほやの

時期でもあった。今は亡き叔父であるが、叔父の心境を察するに新しい駆け出しの仕事への不安と楽しい

新婚生活への期待が交錯するものであったのだろう。借家住まいではあるがはきはきとした律儀な叔父の

対応は今でも私の心に残っている。

 あれは確か叔母からの進言だと思うが、「海岸(砂浜)に行けば綺麗な桜貝が落ちてるわよ」と言わ

れ、私は胸を躍らせて母に連れられて砂浜に行った。当時好奇心の塊だった私は夢中で美しい砂浜

を探し回った。

美しい舞子浜の海岸の砂浜(イメージ)



宝石のような桜貝(イメージ)

私はまるで宝石(子供の私にはそう感じられた)のようなピンク色の桜貝の貝殻を数個拾った。




 誰しも幼少時の記憶は断片的で印象的なことだけが残っているのではないだろうか?私の初の常磐の思

い出もこの綺麗な桜貝拾いの記憶が非常に印象が強く幼心に刻まれた。また三つ子の魂、百までもという

ことわざがある通り、物心がついたばかりの思い出は死ぬまで消えないものである。私にとっては常磐イ

コール綺麗なイメージという一種の固定概念が生まれた。

 それから約28年後、社会人になった私は福島県浜通り地区を仕事(相馬火力発電所、原町火力発電

所)で何度か訪れたが、一度はプライベートでゆっくりと訪れて綺麗な海だけでなく東北では珍しい落葉

樹の多い樹木の雑木林の美しさや、阿武隈山地の懐に広がる緩やかにうねった地形と田畑や野原の織り成

す景観、点在する大小の沼や池、ちょろちょろと流れる小川、古くから存在したであろう名もない畦道を

行く楽しさに時間を忘れて、ゆっくりと浸ってみたいという願望が生まれた。

舞子浜の場所は下の地図の+印のところです。


詳しい地図で見る

舞子浜の美しい砂浜を回想するとき、成田爲三作曲の『浜辺の歌』を思い浮かべる。1番「あした浜辺をさまよえば、昔のことぞ偲ばるる。風の音よ、雲のさまよ。寄する波も、貝の色も。」2番「夕べ浜辺をもとおれば、昔の人ぞ偲ばるる…」

この曲を聴くと桜貝の思い出とともに今は亡き優しかった叔父を思い出す。


浜辺の歌 日本叙情曲集より
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