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本日メディアのスタッフと思われるかたから私のブログにアクセスがあった。アクセスの内容は約9年前に掲載した宮城県名取市の古民家・洞口家(約260年近く前に建てられた豪農の住居)の間取り図をテレビ番組の中で使わせて欲しいというものである。

自分のブログが文化的なことに役立つのは願ってもないことなので、快くこれに応じることにした。承諾を求める書き込みを頂いてから、私は間髪を入れずに番組の担当者には写真の使用を快諾する旨のメールを送った。



その番組とはBS7チャンネルで毎週木曜日の21時に放送される「空から日本を見てみよう」(ドローンから撮影した航空動画を視聴者に見せる番組)である。その後担当者から一切連絡なし(良識を疑う)


読者様の為に、約9年前の2009年10月に私が撮影した写真を再度掲載したい。洞口家は宝暦年間(1751年~1763年)に建てられた豪農である。宅地面積は何と1500坪にも及ぶ。これは主屋に行く前に通らねばならない所に位置する表屋(長屋門ともいう)である。これだけで豪農に相応しい屋敷構えを十分感じる。


表屋の門にはこのような化粧欄間があり、家紋(左は丸に隅立四目)が彫られている。よく見ると左右の家紋には違った模様が彫られているようである。

※川村要一郎著「宮城県南の苗字と家紋」によると洞口家はかつて大曲城主の小野兵庫頭の家臣だったという。私の考えでは、主君が伊達政宗に討たれた後、刀を捨てて伊達側についたものと察している。

表屋を内側(主屋、馬屋側)から見たアングル。国の重要文化財に指定されているだけあって、改修工事が施されているのだろう。茅葺き屋根や外壁のコンディションは大変いい。

これが全体の配置図である。イグネと言われる屋敷林を北側、西側、東側に配している。離れとして隠居部屋があるのには大変驚く。農家としては別格中の別格だったと察している。

※以下:名取市観光物産協会のHPより引用
洞口家は近世の環濠大型古民家で、母屋は寄棟造(よせむねづくり)、茅葺(かやぶき)、石場建てといった建築方法である。 建物の内部は座敷(茶の間)と土間の仕切りがなく、四間取り(田ノ字型)となっている。 これは名取地方に古くからみられる特徴的なもので、「名取型」と呼ばれている。そしてこの形式では旧仙台領内最大規模(桁行12間×梁6間+1坪=73坪)である。 また母屋前には、明治21年の建築と言われる寄棟造、茅葺の表門(長屋門)と馬屋があり、国の重要文化財に指定されている。


主屋の内部はインターネットから借用した。それにしても広い。旧仙台領内最大規模の農家の住居が今でも現存しているとはすごい。

主屋の間取りをご覧願いたい。茶の間だけで21畳もあるが、各部屋の広さは農家としては破格の広さである。

これは馬屋である。こちらも立派な構えである。

表屋に繋がる木の塀の部分。日本家屋特有の開放感に優れ、屋敷林に囲まれた生活は結構夏でも涼しいものだったのでないだろうか?

Google地図で洞口家住宅の位置を確認して頂きたい。
住所:宮城県名取市大曲字中小路26

横町挨拶
ブログを運営していて良かったと感じるのは、自分のブログが文化的な目的で人様の役に立つことです。私がこのメディアの要請に応じたのは、この番組のスタッフのかたが折り目正しく挨拶に及んだからです。これは人と繋がりを図る上で重要な要素です。自分の身近な事業主は「挨拶の出来ぬ者にろくな仕事は出来ない」とまで言っておりますが、私も全く同感です。アクセスしてきたメディアのかたは儒教で言う「信」を感じる人物に価したゆえ、私は彼の依頼に快く応じたのです。

但し、その後このスタッフからの連絡は一切ありません。没になったらそれなりの連絡があって然るべしでした。

江戸時代の儒者・三浦梅園は「知識というものは、それが学習者の心に同化し、かつその人の性質に表れるときにのみ真の知識となる 。」(知識に逸る者の倫理観を問い、至らなさを戒める)と申していますが、いくら知識があっても礼節や仁を知らなければ真の徳とは言えません。自分はこの言葉を都度噛み締め、常に人に対しては礼節を尽くし謙虚であらねばならないと考えています。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。
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