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 航空写真をご覧ください。宮城県石巻市旧北上川の河口にできた中洲(川の真ん中に堆積してできた島)の中瀬(なかぜ)という島、きょうはここになにがあるかを紹介します。
 中瀬にはご覧のように2つの橋(第1内海橋、第2内海橋)が架かっていて石巻市街地と牡鹿半島をつなぐ大動脈として(他の2か所に新たな橋が架かるまで)車や人が行きかう、活気あふれる場所でした。
 今は車の流れが分散して昔ほどの混雑はなくなりましたが…

 石巻市街地側の旧北上川河口方面から中瀬と第1内海橋を望んだアングルです。うーん、昔は遠洋漁業の大型漁船がところせましとならんでいたんですが、港が外洋(牡鹿半島側)に移ったせいか船は小型船ばかりで、昔を知る者にとって少し寂しくなりましたね。




 これも中瀬と第1内海橋ですが、上流側からのアングルです。おや、橋の左に見える赤い屋根の建物はなんでしょうか?




 これは「岡田座」という劇場兼映画館です。起源はなんと幕末の1850年、娯楽の少なかった当時雑貨販売所と寄席劇場を併設して建立した人をちなんで「千葉座」と称して解説、歌舞伎、落語家、講談師を招いて地域の人に娯楽と文化を提供してきました。
 その後は明治、昭和と何人かの人手に渡りながら2度の建て替え(戦時中は撤去命令が出て解体)を経て昭和22年建立の現在の建物になりました。




 岡田座思いで五人衆、三波春夫、ジャイアント馬場、由利徹まではわかりますが…すみません。下の二人はわかりません。
 三波春夫が来たときは大変な人気で行列ができて橋に並んだほどだったといいます。そう言えば私の死んだ祖母も三波春夫が大好きで岡田座まで見に行ったと聞きました。ここでサービス精神旺盛な三波春夫は橋に並んでまで自分の歌を聴きにきた客に「お客様は神様です。3曲増やしましょう。」と言って喝采を浴びたということです。さすがスゴイ!プロ意識ですね。
 岡田座には美空ひばり、ジャイアント馬場率いる全日本プロレス、大相撲石巻準場所など数多くの興業が行われました。




 珍しいものがありました。1953年製の映写機、サーボ―グ009などの名作を生んだ漫画家石森章太郎が少年時代に岡田座で見ていたものです。
 石森少年は宮城県北部の中田町というところから2時間も自転車をこいで、岡田座に映画を見に来ていたということで、多感な少年時代に岡田座で見た映画がその後の彼の漫画の作風に現われているのかも知れません。岡田座の西隣には「石森章太郎漫画館」が建てられ、主に親子連れでにぎわっています。私も2度ほど訪れました。




 岡田座を離れて第2内海橋側から中瀬の上流側を撮ってみました。この島の右端の先端で昔釣りをした記憶があります。
 中瀬の民家の1軒のデッキが川にせり出しているようです。白い4階建てのビルが見えるのは石巻市街地方面です。




 これは石巻市街地側からの中瀬上流と対岸の湊方面のビューです。対岸には漁船の網を販売している網屋などが並んでいて、遠洋漁業でにぎわった往時を偲ぶ港町ならではの風情が感じられます。




 のんびりとした気持ちで第2内海橋の上から魚釣りをしていた小舟を眺めていたら魚がかかったようです。(釣り人の左手のあたりを見てください)どうやらハゼのようです。釣れてよかった。今夜の酒のさかなはこれで決まりのようです。(笑)



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