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再就職して十箇月
私が新渡戸稲造における武士道を学んだのは今から6年前の2012年7月のことだった。五十を前に欝を患い、このままでは自分の名誉を回復できないのでは?という危機感を抱いたことがきっかけだった。その時は藁にもすがる気持ちだった。武士道では相手の名誉を尊重するが、その名誉は相手のみでなく自分にも向けられることを指す。即ち、自分の名誉を重んじてもらいたければ、先ずは人を称えなければならない。このときから自分は新入社員から役員に至るまで、全ての社員をさんづけで呼ぶことを決めた。武道における礼節は上位者も下位もなく対等に行わなければならない。

最初のうち、若手社員にまでさんづけで呼ぶのは照れくさかったが、そのうち板についてきた。但し、往時在籍していた企業は必ずしもさん付け運動が定着していなかった。中には年上の社員を平気で「お前」と呼ぶ者さえ居た。年功序列でなく職位によって対応を変える軽輩社員には自分も閉口した。武士道はけして穏やかなものだけには留まらない。自分の名誉が損じられた時は、躊躇することなくこれに立ち向かわなければならない。有体に言えば己の名誉が損じられつつある際は刀を抜く覚悟が必要であるということである。

    定年間際の数年間、自分が安閑として居られなかったのはこのような理由からである。武士道の中核を為すのが儒教思想である。今に及んで儒教を己の思想の中枢に据える理由がここにある。ブロ友様の中には何もそこまでしなくても…というかたも居られた。或るブロ友様のBさんからは「風に吹かれる柳の如くもっと靡けばいいのでは?」というアドバイスも頂戴した。靡くか?はたまた刀を抜くか?そんな究極の選択に迫られた3年半前、私は孫子の兵法を学んだ。孫子の兵法で一番印象に残った思想は「戦わずして勝つ」というものだった。もっと以前の自分に、こうした立ち回りかたが身についていたのならば、もっと変わった人生を歩めたのかも知れない。結局自分は靡かないほうを選び真っ向から勝負を挑んだのである。
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    今の企業に入って十箇月が経った。最近改めて感じるのは「ローマは一日にしてならず」ということである。論語で五常とされる仁・義・礼・智・信の中で最も獲得に時間を要するのが「信」である。即ち、周囲から「信」を得るには多くの徳を重ねなければならないということである。セカンドライフで今の企業に入社してから十箇月に及ぶ日々はほとんどこれに費やされたといっても言い過ぎでない。

    その甲斐があって、今の自分は足場を強固なものに固めつつある。これにはもちろん現役時代の経験が生きている。物事の加減が何となくわかり、成り行きが読めるようになってきたのである。今の自分は数年前の自分と違って、そう簡単に刀を抜かなくなった。刀は滅多なことがない限り抜きたくもないが、それでもいざとなったら刀を抜く覚悟だけは出来ている。それが武士道というものである。

    横町挨拶
    人の心は空気や水のようなもので絶えず変化します。従って以前馬が合わないからと言って、将来において縁りが戻せないわけではない。ここで意識しなければならないスタンスはその間際において「去る者追わず、来る者拒まず」ということです。万が一別れに及んだなら、それから数年後、或いは数十年後に縁りを戻せばいいと私は考えます。自分はこれに留意してこれからも充実したブログライフを愉しんで参りたい所存です。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。
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