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生まれてすみません



 
「生まれてすみません」…これほど私にインパクトを与えた言葉はありません。中学生のときに国語の教科書に載っていた「走れメロス」を書いた太宰治がなぜこんな言葉を言ったのか、全く理解できませんでした。今年は彼の生誕100年にあたる年で、生まれ故郷の津軽ではいろいろな催しがあるようです。また6月17日22時からはNHK総合TV歴史秘話ヒストリアで「太宰治特集」が放映されます。
 太宰のことを話すには、彼の生家斜陽館(ブログの書庫の「津軽よいとこ一度はおいで」の「斜陽館見学」を参照)や彼の代表作小説「津軽」で実際に彼が昭和19年に歩いた津軽半島の各地(ブログの書庫の「激走!09年津軽半島~日本海沿岸」を参照)をたどってからと前から思っていました。なぜならば津軽の厳しい冬、独特の風土、じょっぱりに代表される津軽人の感性が太宰文学にみられるからです。津軽なくして太宰文学なし…もし彼が太平洋側の温暖な気候の地域に生まれていたら、このような小説は書けなかったでしょう。
 写真の右下は一見、本に見えますが先日津軽の知人からいただいた「林檎ファイバー入りクッキー」です。中身については後日お伝えしたいと思います。




 
上の津軽半島の絵は太宰自筆のものです。津軽半島をバイクで訪れた私は青森→蟹田→今別→三廊→龍飛岬→小泊→鰺ヶ沢→深浦と彼が昭和19年に小説津軽執筆のため歩いたルートと似たようなところを走りました。走った印象は蟹田を過ぎると陸奥湾側の海岸は比較的波が穏やかな内海と、非常に少ない漁村、津軽海峡を望む龍飛岬は本州さいはての地にふさわしい寂寥感を漂わせる荒涼とした原野と断崖絶壁の海岸が印象的です。また龍飛から小泊の内陸部の山は人を寄せ付けない原生林の秘境と言った感じでした。また彼が幼少時から慕っていて子守役だった「たけ」と約30年ぶりに再開した小泊にも行って「記念館」(ブログの書庫の「激走!09年津軽半島~日本海沿岸」を参照)を見学してきました。
 津軽半島を一通り回ってみて、初めて太宰の気持がわかったような気がします。
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