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 この奇抜ないでたちの部隊はいったいなんでしょう?‥‥正解は豊臣秀吉の朝鮮出兵の出陣式の時の伊達藩(仙台藩)の軍勢です。文禄元年(1592年)、前田軍、徳川軍、に続いて三番目に伊達軍はで3千の軍隊で現れました。伊達軍が現れると秀吉をはじめ、見物に来ていた京の人々が大歓声をあげた。「伊達だ。さすが伊達者だ」‥‥
 金色のとんがり帽子をかぶり、腰に赤い鞘を付けた足軽隊、騎馬隊は伊達藩のシンボル、半月型の模様の入った鎧を被り長尺(9尺)の刀を持った武士‥‥また、総大将の政宗は熊毛の陣羽織を着て、伊達軍の派手さの中で地味にきめることによって、逆に目立つようにしていたといいます。
 「伊達者」の意味を辞書で調べると「しゃれた」とか「派手な」、しいては「ダンディー」という意味もあるようです。皆さん「伊達者」の語源が、朝鮮出兵出陣式の仙台藩の軍隊にあったというのはご存知でしたか?
 



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コメント

No title

噂程度しか聞いたことはありませんでしたが、これは正しく『いだて(いだてん)』ですね!
そしてミックさんは伊達家末裔だったりして♪(笑)

URL | yesmac ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

朝鮮出兵のときだとは、知りませんでした。
陣羽織が 派手だったことは 知っていましたが・・・
この時は、熊毛だったんですね^^
さすが、「伊達者」です♪

URL | - ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

豊前あまごさん、その通りです。政宗が派遣した支倉常長率いる慶長遣欧使節団に持たせたローマ法王宛のラテン語訳の書簡にはローマ字で「Idate Masamune」と記してあります。ただし、それを遡る天正17年(1589)の秀吉から政宗への手紙には「たてさ京の大夫とのへ」と書かれており、既に「タテ」ないしは「ダテ」の読みがあてられていたと言うことです。私自身は伊達家との血のつながりはないと思いますが、祖父方や母方が伊達家とは深くかかわっていたようです。

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

みぃ~さん、私も伊達者の名に恥じないようにお洒落に気を使いたいですね。今度のコンペもカーボーイハット被るよ(笑)

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ミックさんは現在の伊達者ですね ( ̄ー ̄)ニヤリッ

人より目立つ事はそれだけの自身が無くては出来ないですからね!!

人生「かっこよくありたい」ですよね (*^-^*)

URL | ノス ID:79D/WHSg[ 編集 ]

No title

ノスさん、自信がなくても目立つのが好きなんですよ。でないとライムグリーンのマシンには乗れませんから(笑)

URL | 横町利郎 ID:79D/WHSg[ 編集 ]

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