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民俗学者、菅江真澄が愛した秋田

 釣瓶落峠を過ぎると、秋田県藤里町側はほとんどが舗装はされていますが道幅が狭く、くねくねしていて車がすれ違えないような細い道が続くため、カーブミラーを頼りにしての運転になります。時折落石の跡が見られるので慎重な運転が必要です。

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 30分ほどで太良峡に到着しました。ここは江戸時代の有名な民族学者、菅江真澄(1754年~1829年)という人が訪れて詩歌や随筆、絵図(スケッチ)を書いた有名な場所で、このように沢がまるで木の枝のように分かれています。三河の国(現愛知県豊橋市)に生まれた菅江真澄は「真澄ほど秋田を歩き、秋田をしるし、秋田を愛した人はいない」と言われたほど、秋田ひいきで有名な人だったようです。


 太良峡にかかる赤いアーチ型の橋です。滝や奇岩、怪石があるということですが楽しみはシェルパでのツーリングにとっておいて先を急ぐことにします。


 左手に「峨瓏の滝」の案内看板が見えたため立ち寄ってみました。立札の写真の左のほうに「へびに注意」の表示が…蛇は苦手ですがそのくらいのことでは引きません。ナ~ハッハッハ。


 これが峨瓏の滝です。滝のそばに神社が建っているところを見ると昔から信仰の滝だったようです。上流にもうひとつ別な滝があるようですが、時間がない(へびが出る?)のでパス。…さっきと矛盾↓


 さらに10分くらい走ると右側に「権現の大銀杏」の案内看板を発見、寄ってみることにします。立札を見ると銀杏の大樹としては極めて稀な大きさと書いてあります。高さ24.2メートル幹の周囲8.5メートルはさすがに大きいですね~。


 御覧のように神社のすぐそばに大銀杏(なにかお相撲さんの髪型のような名前)がありました。神社のほうが後で建てられたのでしょうか?それとも銀杏が後?神社の左が大銀杏、右の木は違います。(葉っぱの形でわかりました)


 近くで撮ってみました。幹の太さがわかると思います。離れてこの大樹の全容を撮ろうと思いましたが、どうしても他の木が邪魔になって無理でした。


 この後は、平坦なのんびりとした道を走って二ツ井町に抜けて国道7号線に出て帰路につきました。よ~し、次回は道を選ばないシェルパで、枝道を走破してやるぞ~(完)
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