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帰国後、支倉から交渉が失敗したとの報告を受けた政宗は、断腸の思いで仙台藩領内のキリスト教禁止に踏み切った。幕府からキリスト教禁止令が出ている以上、政宗はこうするよりほかになかったのである。

仙台に帰ってから失意のうちに没した支倉はその後歴史の中に葬り去らたが、7年間の長い年月をかけてのこの事業は偉業というほかない。主君伊達政宗の命を忠実に貫いた支倉常長は、まさに武士の中の武士、男の中の男である。私もかくありたい。

後日談 

 平成20年1月5日、サンファン館に行ったときサンファンバウティスタ号の体験シアター(座席が揺れて、あたかも自分が船に乗っているような気分になって映画を見る)に私一人で入った。コンパニオンのおねえさんから「(揺れて)気分が悪くなったら手を挙げてください。その時点で上映は中止しますから…」と言われた。しかし私は例え気分が悪くなって、ぶっ倒れようとも絶対に手を挙げるつもりはなかった。
 なぜなら、上映の途中で自分がすっかり支倉常長になりきっていたのである。嵐の時、自分の命より主君政宗の命令が大事だからこの船と運命をともにしようという気になっていたのである。(笑)…完

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