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本日私は朝の早い時間に郷里石巻に向かった。門脇の菩提寺に行き、墓参りを済ませてから生家のあった横町(現千石町)界隈に足を運んだ。ここで写真をかなり撮影したが、本日の記事の趣旨とは異なるので、また別な機会に紹介したい。令和元年の石巻千石船の会総会開催まで、多少時間があったので日和山に登って桜を愉しむことにした。

日和山の民家の庭先で見かけた満開の桜は昨今の石巻の復興を見てどう思っているのだろうか?ふと私は支倉常長が船出した牡鹿半島に目をやった。太平洋が春の光にキラキラと輝いている。海は時として人間に牙をむくことがあるが、今日の穏やかな海を見る限り、「待てば海路の日和あり」を髣髴とさせる情景であった。「晴れがましい…」震災から8年あまりが過ぎ、ようやくこんな言葉が使えるようになってきた気がする。 

1桜

記念すべき令和元年の石巻千石船の会総会の会場となったのは門脇東復興住宅集会所(平屋の建物)である。 

2会場

今年の総会の出席者は全部で21名、会員は34名で欠席した13名のうち、11名から委任状が届き、予算や事業計画についての決済は成立と議長から説明があった。会員の平均年齢は七十代半ばほどといった感じで、中には八十代後半のかたも居られる。但し六十代は結構少ない。恐らく私が最年少ではないだろうか? 

3会場室内

予算や事業計画についての議事を終え、懇談会に入った。二千円の弁当は食べ応え十分であった。副会長の本間氏からは「松竹さんの弁当はコストパフォーマンスが高い」とのコメントがあった。自分もこの言葉に納得である。 

4弁当 
懇談会では一人一人が近況を話す機会がある。私が話したのは
①新ペンネーム横町利郎の命名理由
②新作「我がルーツと大河北上」を書くに至ったいきさつ
③石巻人の律儀さと中世大名葛西氏の関連性
④アナログ世代とデジタル世代の橋渡し役を自分が務めたい旨
等である。 

5上座

横町挨拶 
懇談会では先賢各位から様々な情報が寄せられ、正に目から鱗が落ちる気が致しました。会員には自らのルーツが千石船に携わったかたと、そうでないかたもおいでですが、全員に共通して言えるのは、石巻に限りない愛情と誇りを持っていることです。この意識の共有が堅い結束に繋がっているように感じられます。(自分のルーツも直接的に廻船関係の仕事に携わったものでないと考えています)

ところで、石巻地方の言葉のイントネーションは多分に他の地域(江戸や上方)の文化の影響を受け、独特のものがありますが、自分はここに石巻人特有の律儀さを重ねます。(自分はこれを葛西の律儀者と定義しております)従って、会の中では最も若輩である自分は先賢各位に礼節を欠かないよう努め、これに答えたいと思っています。正直な内心を言えば、自分の作品を読んでもらいたいということですが、仁や礼節を欠けばこれは在り得ないと考えています。

自分は江戸時代の儒者・三浦梅園の言葉である「知識というものは、それが学習者の心に同化し、かつその人の性質に表れるときにのみ真の知識となる 」という考えを殊のほか重視していますが、これを地で行き、「葛西の律義者」の名に恥じることなく、先賢各位にくれぐれも無礼がないよう努めたいと認識しております。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。

9五百六十横町挨拶 
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