石巻のシンボル「巻石」の昨今
本日は去る4月14日に訪れた郷里石巻の地名の由来でもある「巻石」(まきいし)の最新情報をお伝えしたい。巻石は住吉公園の東に位置する雄島の北に位置する畳一畳ほどの石である。
※写真提供:泰弘様(背景から昭和初期頃の撮影と思われる)
※写真提供:泰弘様(背景から昭和初期頃の撮影と思われる)
2009年7月頃の巻石(横町撮影)手入れの行き届いた雄島の松と相まって見事な調和を見せている。正に絵葉書にしたくなるような情景である。
震災後の2011年9月に巻石を撮影しようとした自分は唖然とした。ここは河口に近いので潮の満ち干の影響を受けるものの、震災前に巻石が水面下に隠れることはよほどのことがない限りでは在り得なかったからある。
これが今回(2019年4月21日)撮影した巻石である。潮が相当引いているようだが、巻石が顕わになっている。護岸工事のせいなのか、事情はわからないが、石巻人の自分としては非常に嬉しく思えたシーンだった。
横町挨拶
現在巻石と雄島のある住吉公園は大規模な土木工事が行われています。完成予想図を見ましたが、盛り土で地盤が大幅に上げられるとのことです。震災復興の一環とは言え、幼い頃から慣れ親しんだこの地が、原型を留めないほど変えられるのは痛ましい気が致します。
そんな状況下でも石巻のシンボルの巻石は残る。そう思うと少しは救われる気が致します。先日或る政治家が「いしのまき」のことを三回も「いしまき」と言い間違え、大変残念な思いを致しました。本日の記事は是非彼に見て頂きたい気が致します。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。
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