fc2ブログ
去る4月14日、私は石巻千石船の会総会出席の為、郷里石巻を訪ねたが、その際生家の近くの住吉公園に立ち寄った。本日は住吉公園(住吉神社)の最近の状況を画像を添付の上、紹介したい。実はこの住吉公園エリアは現在大規模な土木工事が行われていて、過去の面影がなくなるほど改変されてきている。これはGoogle3D立体画像による3年ほど前の住吉公園周辺である。 

1書き込み原図Google3D立体画像

神社の境内にあった石碑や鐘楼などは一時的に近くの空き地に仮置きされ、現在更地になっている。重機の向こうには建設中の新内海橋(2020年完成予定)も見える。 

2更地になった公園

上の写真を撮影した方向をGoogle3D立体画像に落としてみた。自分の父方の親族が慣れ親しんだ風景が、今回の嵩上げ工事(最終的に土が盛られ、小高くなった丘の上に神社は戻されるという)によって改変された。万物流転は世の定めとは言え、以前の住吉公園(神社)を知る者にとっては寂しくもあり、虚しい気がする。 

3書き込み原図Google3D立体画像
 
衝撃的なのは神社の脇の岩山(愛宕山とも住吉山とも言われる)が、えぐり取られていることである。聞くところによると、この岩山は全部撤去されずに、更地となった部分に土が盛られるとのことだが、昔からの面影がなくなる前にと思い、シャッターを切った。工事エリアの周囲には立ち入り禁止の為のネットが巡らされている。 

4残った丘

インターネットから借用した写真は岩山が削られる前の2013年4月の祭の時のもの(北側の住吉町方面から撮影)である。ここは小学校時代の通学路だったこともあり、様々な思い出が脳裏に甦るスポットである。

十年前の2009年7月に紹介した住吉公園界隈 

5北側階段上り口13年4月

岩山の上から撮影した写真も震災前のものである。1951年に米国軍医のジョージ・バトラー氏が撮影した鐘楼の写真もこの近辺から撮影したものと思われる。 

6川を見下ろす

 仮置きされた建物・鳥居・石碑の類 

7仮置き1

 昭和40年代と思しき住吉公園(インターネットより借用) 

2昭和40年代?の住吉公園

 岩山の上には望楼(通称住吉タワーとも)もあった。自分が物心ついたころにはこの望楼が周囲の住宅地を見渡すように建っていた記憶がある。望楼が存在した年代は1960年~1986年の26年間のことであった。(画像はインターネットから借用) 

9望楼

これは2012年の震災後に私が撮影した住吉神社(正式には大島神社)である。 

10住吉神社12年7月

同じく、2013年2月に撮影した公園の風情。枝振りが見事な松だが今はない。 

11神社境内13年2月

 完成予想図をご覧頂きたい。(画像は石巻かほく メディア 猫の目より引用)神社の海抜が数メートルは上がるようである。

12完成予想図

横町挨拶 
この地は袖の渡りとも言って、源義経が渡ったとされる場所(実際に渡ったのは別な場所とされますが)であり、芭蕉の通った由緒のある場所でもあります。復興とは言え、多くの石巻人にとって心の拠り所となるこの場所の様相が大きく変わってしまい、心が痛む気が致します。

今までの思い出は脳裏に焼き付けるしかない。そう考えると諸行無常は避けて通れないものであり、ちっぽけな人間の存在を改めて、思い知ります。次回は生家のあった横町(現千石町)について紹介したい所存です。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。 

7五百六十
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)