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自分は現役時代建設業に携わっていた。その時分によく青葉区の北五番丁周辺で仕事をしたことがある。本日はそんな懐かしい時代を振り返る為、この界隈(北六番丁~北四番丁)をウォーキングをすることにした。現在の北六番丁は片側二車線、片側一車線となっているが、二十数年ほど前に北四番丁が四車線化された為に脇道的な存在になっている。

付近は住宅地と商業地が入り乱れる地域で、マンションやアパートも多い。都心のような雑踏から解放されつつも、適度に開けていて住み易い地域である。本日の仙台の最高気温は22度と初夏を思わせる気候である。仙台は太平洋側気候の恩恵で東北にしては冬は暖かく、夏は涼しい。特に夏の過ごし易さは南から来た転勤族の多くが抱く感想である。
1北六番丁 北五番丁はご覧のように車同士が擦れ違いできないほど狭い道で一方通行である。ここはクランク状になっているが城下町特有の防衛的作為(敵から一気に攻められないようにする道造り)が在ったか否かは定かでない。2クランク状 Google3D立体画像で付近の状況を確認願いたい。三つの路線のうちでは北四番丁が最も新しい道路で、今は山形~仙台~利府~塩竃~松島~石巻を結ぶ主要道路となっている。利府から北は三陸道路と併走する形になる。3Google3D立体画像宮町界隈 自分はこのような古い建物を見るのが好きである。時に住民のかたと目が合うこともあるが、そんな時は何かばつが悪い気になり、無関心を装うことにしている。馴れ馴れしく話しかけるのも迷惑だろうと勝手に忖度してしまうからである。昭和に建てられたと見られるこの建物だが、過去にこの前を何度となく通ったはずなのだが、記憶がない。商売でもやっていただろうが、造りからして理容業でも営んでいたのだろうか?4昭和風の建物 北五番丁と書いた立札を発見。この手のデザインの立札は仙台のあちこちで見られる。5北五番丁通 最も新しい北四番丁はご覧の通り、歩道も十分に確保されている。この辺りは街路樹と民家の庭木がよくマッチしている。6北四番丁 横町挨拶
本日紹介したこの界隈は藩政時代に主に下級武士が住んでいた場所です。仙台城は広瀬川の西側にありますので、仙台城近くの広瀬川周辺には上級武士(重臣)を、離れたこの辺りには下級武士や足軽を配置しました。戊辰戦争で鴉組の隊長として活躍した細谷十太夫の屋敷も北五番丁にあったと言います。昨今は住宅地や商業地となり往時の縁を見出すもの難しくなりましたが、古のゆかりある松尾神社(北四番丁)や福澤神社(宮町通の東)などに微かにその面影を重ねます。昨日に引き続き薫風そよぐ気候のもと、心地よい探訪が出来たことにささやかな満足感を抱いています。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。
7五百六十横町挨拶 
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