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6月13日、私は郷里石巻の帰りに或る写真展に立ち寄った。仙台市若林区地下鉄東西線荒井駅構内にある「せんだい3・11メモリアル交流館」で開催された「MIYAGI 1951」である。今回はネットからの複写でなく、写真展で展示された写真を自分のカメラで撮影したものゆえ、著作権に問題はないと解釈し公開したい。「MIYAGI 1951」は8月26日(日)まで開催。
「MIYAGI 1951」サイトURL↓↓↓

写真を撮影されたのは往時米軍の軍医だったジョージ・バトラー氏(1911~1974)である。ジョージ・バトラー氏は朝鮮戦争の時に軍医として派遣された際、宮城県の松島キャンプに9箇月滞在した。写真は40歳の時のバトラー氏である。

米軍松島キャンプ。日本ではまだカラー写真が普及していない時代である。

石巻の日和山から北上川河口を望む。今では、先の震災ですっかり様変わりしてしまった北上川河口だが、この時は造船場などが建っており、かつての栄華の跡が偲ばれる。

石巻の中町方面から対岸の湊地区を望む(東内海橋の左たもとにある入母屋造りの建物は私が幼少期に何度か行った中華店の大華楼か?震災直前まで建っていた建物と捉えている)

西内海橋から湊、中瀬方面を望んだアングル(北東方向)である。

西内海橋で上の写真と似たアングルから撮影。薪を背負った人物の服装は未だに戦後であることを思わせる。割烹着姿でバケツを持った女性は生前の祖母に重なるものがある。人の往来の多さにも驚く。

石巻でこれだけ広い通りは珍しい。駅前近くだろうか?昭和三十年代頃までこうした風景は見られたと記憶している。

横町挨拶
去る6月13日(水)は石巻(歓慶丸で開催)と仙台の両方の写真展に行ったことになります。合わせて数十枚の写真を撮りましたが、これによって執筆を書く上で多くの収穫がございました。それは写真を見ることでイメージが湧き、また自分の幼少期を重ねることが出来るからです。視覚から受ける情報は大きな意味があります。

今回は紹介しませんでしたが、自分の祖父方のルーツの大街道の傍の大曲、北上運河地区の写真もあり、往時の大街道のイメージを膨らませることが出来たのも収穫でした。また、少し離れた場所では牡鹿半島の月ノ浦(支倉常長が出航したとされる浜)の写真もございました。これらの写真は機会を見て紹介して行きたい所存です。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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