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先日本能寺の変について記事を掲載したが、本日は明智光秀のサイドから主君・織田信長を裏切った動機や経緯について探って行きたい。参考にしたデータはNHKその時歴史が動いた「敵は本能寺にあり~なぜ光秀は信長を裏切ったのか~」の番組である。本能寺に関して扱ったその時歴史が動いたの番組は他にもあるが、前回の「信長暗殺を命じた男 新説・本能寺の変 浮上した黒幕」とは別な番組であることをお伝えしたい。

1番組題名

明智光秀(1528~1582)の家柄は室町幕府にも仕えた土岐氏の系列で守護大名の名門である。かつて美濃と言われた岐阜県可児市が彼の故郷であった。前途洋々の将来と思われたのだが…

2岐阜県可児市

但し、彼の三十代後半は運から見放されたものだった。仕えていた将軍が暗殺され、浪人となって路頭に迷ったのである。

3浪人時代の光秀

そんな時彼は織田信長と出会った。この時光秀は39歳であった。将軍家との関わりを持ち、高い教養を身につけていたのが信長の目に止まったのである。信長も「この男は使える」と踏んだに違いない。

4信長の家臣となる

その後丹波出陣を命じられた。彼はそれまで敵対していた地方豪族に対して恩情をもって接した。降伏した豪族を家臣として抱えたのである。それは非情な信長のやりかたとは全く違っていた。

5窮鳥懐に入ればこれを殺さず

信長と言えば「強権政治」が思い浮かぶが、それだけではなかった。信長公記によると、彼は戦で討ち取った敵の大将(浅井長政、浅井久政、朝倉義影)の頭蓋骨に金箔を施し酒の肴にしたという。

死者の尊厳を踏みにじる行為で悪趣味そのものである。ちなみに往時の宣教師のスケッチした有名な信長の肖像画は非常に攻撃的な顔をしているが、信長にはサディズム的傾向があったと言っていいのではないだろうか?側近となった光秀はそんな信長を苦々しく思っていたのかも知れない。

6はくだみを肴に酒を飲む

光秀はやがて信長の信頼を獲得し莫大な軍勢を任されるようになる。但し、そんな光秀さえ、信長にとっては道具の一つでしかなかった。長篠の戦以降の残党狩りで武田軍に勝利した際の祝宴の席で述べた光秀の言葉「年来骨を折り奉公した甲斐がございました」が信長の逆鱗に触れたのである。

「こやつ、どこが骨を折ったと申すのだ!」その場で信長から激しい折檻を受ける光秀。これが本能寺の変の動機の全てではないが、信長のあまりの徳のなさに対して、不信感を抱いたのは間違いないことだろう。


7折檻を受ける光秀

その後側近である斎藤利三と縁戚を結んだ四国の大名・長宗我部氏が、信長から討伐の対象となり、光秀の面子は丸潰れとなった。この時既に、光秀の信長に対する不信感は頂点に達しようとしていた。そして更に、敵地である出雲、石見への国替えや毛利討伐に出陣した羽柴秀吉の部下とされたことが、恨みへと変わっていった。

天正10年(1582年)6月1日、1万3千の兵を率いた光秀は亀山城を出陣、その夜「信長を討つ」と語ったのは側近の数名のみだけであった。沓掛を右(西)に向かえば秀吉の戦っている中国地方、真っ直ぐ(東)に向かえば信長の居る京都本能寺である。

8光秀の進路

休憩をとった後に彼が告げた言葉は「敵は本能寺にあり」であった。この時、采配を奮った彼の脳裏に飛来した想いとは一体何だったのだろうか?

9敵は本能寺にあり

これは本城惣右衛門という光秀の家臣が書いた覚書である。惣右衛門を始め、1万3千の兵の殆どが本能寺の敵が一体誰なのかを知らされなかったのである。

10信長様とは存ぜず

1万3千の兵が本能寺を取り囲んだ際、境内は異様な静かさだったという。さしもの信長も己の運命を悟った。辞世の言葉は「是非に及ばず」(どうしようもない)であった。武士らしい潔さを感じなくもないが、如何にも超合理主義者の彼らしい言葉でもあった。

その後彼の遺骸は見つかっていないが、それまで死者の尊厳を奪ってきた彼が最も恐れたのが、自分の遺骸を見せしめにされること(晒し首…)だった。

11信長自刃

横町利郎挨拶
本能寺の変から11日後の天正10年6月13日、光秀は中国地方から駆けつけた秀吉の前に山崎の戦いで敗れ去り、落ち武者となって逃げる途中で土民に討たれました。(享年54歳)急激な信長の改革について行けなかったとも言えますが、本能寺の変の数箇月前からの出来事が積もり重なったのが、彼を謀反に至らしめた原因なのでないでしょうか?

信長の死後、不名誉な謀反人のレッテルを貼られた明智光秀ですが、彼は今でも丹波地方や福井地方の人々から厚い人望があり、明智っつぁまと呼ばれ親しまれているようです。冷徹な信長とは対照的ですが、彼の生き様は実に人間味があり徳を十分に感じます。

天下統一を目前にして臣下に殺害された信長ですが、何故本能寺の変が起きたのかを考える際、彼に徳がもう少しでもあればと思うことがございます。来年の大河ドラマ「麒麟がくる」では明智光秀が主人公とのことですが、そのへんの役回りにも多いに着目したいと考えています。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。

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12五百六十横町

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