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本日は去る7月11日(木)に巡ったへつり沢の続編として中流域(旧制二高アイスホッケーリンク跡地~春日神社まで)をお伝えしたい。砂利を敷き詰めた土地がアイスホッケーリンク跡地である。その後は畑地を経て現状に至ったようである。周囲とは落差が約20メートルあるが、この場所がかつてえぐられた沢(へぐり沢)であったことがよくわかるスポットである。

1旧制二高アイスホッケー場跡地

Google3D立体画像で旧制二高アイスホッケーリンク跡地(黄色丸)とへぐり沢の位置を確認して頂きたい。

2下流Google3D立体画像

旧国道48号線と土橋通の交差点から、へぐり沢の流路を推定してみた。但し実際の沢はずっと下のほうにあったはずである。

3旧48号線想定水路

旧国道48号線からほんの少し北に行った場所、かつてはここも流路であったが、ここからずっと先まで住宅地となる。

4住宅街へ

今野喜一氏の描いたスケッチでへぐり沢の位置を確認して頂きたい。昭和15年頃ゆえ、今から約80年前となる。往時は田畑も多く長閑な場所であったことがよくわかる。

5八幡小学校より北部原図

この通りは覚性院丁であるが、藩政時代は山形方面への通行で賑わった通りとのことである。左の家は藩政時代から何代も続く小梨石材店である。石製の欄干でできた橋は石切橋と言われる。

6覚性院丁

Google3D立体画像で位置関係を確認して頂きたい。小梨石材店の西隣が瀬田谷不動尊である。石切町にはかつて石工が住み、瀬田谷不動尊や近くの大崎八幡神社に奉納してきたハネコ踊りが、後の仙台雀踊りの起源とも言われる。

7中流Google3D立体画像

右端の石碑には覚性院丁石切町の名が刻まれている。

8交点石碑

ここが瀬田谷不動尊である。かつて石切町の石工たちの信仰を集めたスポットであるが、今では近代的な建材を用いた建物に造り替えられている。

9瀬田谷不動尊

瀬田谷不動尊から北西に約100メートル行った地点に春日神社がある。ここはかつてウォーキングで訪れた場所である。

10春日神社と狛犬

横町利郎挨拶
へぐり沢のほとんどが今は下水道となり暗渠となっています。へぐり沢の存在そのものを知るかたが減ってきた今、自分はこれをデジタルデータで後世に残したいと考えます。後学のかたの参考になるならばこれに勝ることはございません。これこそブロガー冥利に尽きると言えます。

話は変わりますが、私はFC2ブログの追記に疑問を感じ、敢て今回は追記としませんでした。従って本文の扱いとなります。テンプレートにもよりますが、自分のテンプレートの指向(過去30日分の記事を羅列し、その中で読みたいものだけをお読み下さいとするスタンス)では、追記で書くよりもずっといいと認識しております。この件で意見のあるかたは遠慮なく承りたい所存です。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。

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11六百六十横町
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