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本日は週の中休みだが、いつものパターンで市民図書館(仙台メディアテーク)に行った。メディアテークではやや長居してしまい、その後で寄ったのが晩翠通のドン・キホーテの一階にある欅屋おおどりぃである。

1ドンキホーテ路地

おおどりぃに立ち寄った目的は昼食である。本日はから揚げ定食(¥200)の他、珍しくたいやき&今川焼き(¥100)を食べることにした。(笑)自分は元々甘党だが、最近はこういう餡子ものは滅多に食べない。

無理に記憶を掘り起こせば、十数年ぶりなのかも知れない。それにしてもたいやき&今川焼きカロリーが半端でない。夕方になるといつもなら空腹となる自分だが、本日に限っては夕方になっても減らないのである。

2二品

後一二分で食べ終わるという時に信じられないことが起こった。焼酎割りとつまみ(鶏の砂肝)を買い求めた年輩の女性から、「相席していいですか?」と尋ねられたのである。私は二つ返事でこれを快諾した。(笑)

女性は七十代前半~半ばくらいで矍鑠としておられるが、節度を弁えたお方であり、少しも外連味がない。聞けば国分町(仙台の夜の繁華街)で店をやりくりしていたかた(スナックのママ)とのことであった。女性は「この近くに住んでいますが、毎日ここに来て酒を飲むんです。」と言う。初対面の人にも気さくに話しかけるスタンスには商売慣れを別にした話好き(人たらし)さえ感じた。

私は出来るだけ聞き役に徹しようと思ったが、思い切ってこう切り出してみた。「実は自分は50を目の前にしてうつ病になったことがあったんです」と。そう話すと女性は予想もしなかったことを口にした。「あら私も鬱になったことがあるんですのよ。でも医者から処方された薬を飲み、その効果のほどを知り、逆に薬漬けになるのが怖くて、十日ほどしてその医者に引導を渡したのです。」

女性に鬱になった理由を尋ねたところ、店を閉める際の寂寥感(もう二度と客に会えなくなる)が高じたものであることがわかった。自分は女性の言うことを良く聞いた後でこう語った。「それは辛うございましたね。自分は単身赴任を生涯始めて経験し、恥ずかしながら家族恋しさのあまりホームシックに掛かったのです。これが鬱を誘発させる引き金になりました。鬱を発症した後は苦労しましたが、或る侍に成りきることで復活を果しました。その侍とは仙台藩士・支倉常長です。だから私は今でも口髭を生やしたままなのです。」と。

これを聞いて女性は笑った。たった一回に過ぎない自分の人生行路を決めるのは自分を差し置いて他は居ないのである。最後に女性はこう言った「私にとっての社交術(スナックで接客する際のスタンス)はけして自ら話すことでなく、聞き役に徹することなのです。」と。私は殊のほか礼節や仁を重んじる傾向にあるが、この言葉に妙に納得するものを感じた。

その後、女性からは酒勧められたが、「申し訳ありませんが、この後母の介護をしなければなりませんので。」と伝え、やんわりと断った。

3ベンチ

横町利郎挨拶
次に女性と会った際は、恐らく昼酒を飲むことなるでしょう。私はこの女性に人として、筋の通ったもの感じました。いい縁を頂いたと思います。そう言えば任侠ものの演芸の「赤い椿と三度傘」の歌詞の中に「赤い椿の身の上話、聞けばおいらもついほろり。縞の合羽に抱いてた夢は、長脇差(どす)も要らねば名も要らぬ。せめて堅気に戻りたい」というセリフがございました。(笑)

人生で一番大切な時期に鬱を患い、侍に成りきり、数々の修羅場を凌いで満身創痍の想いで何とか定年退職を果した今の自分に、刀など全く無用の長物ゆえ、この歌が脳裏を横切ったのです。定年二年半以上を過ぎた今は、ようやく念願叶って堅気に戻れました。(笑)本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。

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4四百五十横町
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