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本日も休みを利して息子とドライブした。国道4号線仙台バイパス沿い食事を外食で済ませた後、仙台市若林区の南東部にある藤塚地区を訪ねた。以前から県道亘理-塩釜線を走っていて「藤塚展望台」という看板が気になっていたのである。周囲は公共事業と見られる土木工事が盛んに行われており、工事車両がひっきりなしに走っているが、訪ねたのが昼休み時間だったため対向車と擦れ違うことなく、展望台のすぐ近くまで入れた。

ちょうど8年半前の本日大津波に見舞われた藤塚地区であるが、奇しくも一本の松が残っていたのが印象に残った。そう言えば岩手県の陸前高田でも一本の松だけが生き残り話題になったことがあった。陸前高田の松はその後枯れてしまったようだが、藤塚の松はご覧のように今でも健在である。地域のかたも勇気付けられるに違いない。

1一本松

Google航空写真で藤塚展望台兼避難の丘の位置を確認して頂きたい。藤塚は名取川の河口の集落だが、8年半前の大津波で壊滅的な被害を受け、今は無人となっている。亡くなったかたに謹んでお悔やみを申し上げたい。川向こうの閖上地区に於いては行政が変わり名取市となる。

2Google3D立体画像避難の丘

伊達政宗光の遺産である貞山堀の脇にはこのような潟がある。よく見ると水門らしきものがあり、水量を調節する為の施設のようだが、一見すると舟溜まりのようでもある。

3舟たまり

この辺りの津波到達レベルが記された立札があった。海抜9・3メートルと書かれているが、これが思ったよりも高く感じられた。これだけ高いとかけがえのない人命が失われるのを感ぜずにはいられない。

4合流地点

約90年ほど前の地図(左)をご覧頂きたい。太平洋と藤塚の集落の間に割って入るように井戸浦という潟が存在し、その脇を貞山堀が走っている。記録によると、90年前の井戸浦には、様々な野鳥の生息とカニや貝、小魚などが見られたとされるが、さぞかし生命の営みに満ち溢れた地域であったことだろう。

5地図比較

息子とともに避難の丘に登ってみた。コンクリート製の階段の蹴上げには津波到達レベルが記されていたが、その高さには改めて驚いた。

6息子

丘の北東部にはこのような東屋が設置されている。

7東屋

西側に目を移すと藤塚地区の土木工事が視界に入った。天気が良ければ仙台市街地まで遠望が利くのだろうが、生憎の天気で中心部のビル街が霞んで見える程度であった。

8工事

横町挨拶
911と言えば18年前にニューヨークで起きた同時多発テロを思い浮かべますが、大震災の起きた311とはちょうど半年の違いとなります。単なる数字のいたずらとは言え、複雑なものを感じます。藤塚地区の避難の丘が役立つ日が来ないことを祈りますが、自然災害は予測困難ゆえこれだけは何とも言えません。

「備えあれば憂いなし」、せめてでも我々はこの言葉の重さを真摯に受け止め、犠牲者の死を無駄にすることのないよう、来たるべき災害に備えるべきと察しております。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。

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9六百横町
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コメント

この非難の丘の標高はどれぐらいあるのでしょうか…。。。20mぐらいはあるのでしようかね…。。。

URL | boubou ID:-

震災から今日で8年6か月めですね。

こんばんは
 私は岩手県の一本松は見てきました。あの松は枯れてしまったのです ね写真に おさめてきましたけど。
 今日は大震災から8年6か月になるのですね。まだまだ何処へ行っても工事をして いるようですが、今でも思 い出すとぞっとします。

こんばんは~♬

その避難の丘に上れば、同程度の地震では
安心なのですね。
そちらには、当時の被害の思い出すものが、
たくさんあるのでしょうね。
今日は9.11だったですね。
3.11を思い出す方も多いことと思います。
それにしても、最近は自然災害が多過ぎます。

URL | 布遊 ID:-

boubouさん、ありがとうございます。

ご質問の件ですが、15メートルとのことです。晴れた日には遠望が利き、牡鹿半島(今は石巻に編入)も見えます。藤塚のことがあるので自粛と神妙な心持ちになるスポットですね。

おはからいにより、本日も厚誼を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

こだぬきさん、ありがとうございます。

震災後に始めて藤塚を訪ねました。この集落は大津波に飲み込まれ跡形もない状態となり、言葉もございません。自分に出来るのは犠牲者の御霊に手を合わせることくらいで、無力感を抱いて参りました。

おはからいにより、本日もお志を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

布遊さん、ありがとうございます。

災害やテロは時が経てば経つほど人々から忘れられる運命にあるわけですが、我々はその教訓を胸にしっかりと刻む必要があると思いました。特に我が国は災害国ゆえ、日常の備えは大切ですね。

お陰様で、今回も有意義なご意見を聞かせて頂きました。コメントを頂きありがとうございます。

今日は、

津波時に避難する避難の丘が整備されてるのですね、
奇跡の一本松を思わせる松の木の佇まいに3.11を
思い出さずにはいられませんでした、
二度とあの様な地震と津波が来ない事を祈り続けます、

URL | 雲MARU ID:-

横町利郎様

陸前高田の一本松は枯れてしまいましたね。
藤塚の松は枯れずに済んで地域の人々を見守っていますね。
それにしても津波の恐ろしさ
改めて身につまされます。
自然災害のこわさ肝に銘じます。
避難の丘が整備されているのですね。

横町利郎様へ
私の住んでいる所は神奈川県ですが。当時、一瞬にして電源が消えまして。何が起こったのかも分からない状況でした。午後8時半過ぎでしょうか。電気が点きまして。PCが立ち上がりようやく東北で大震災が起こった事が分かります。それより津波の映像が映った時、これで助かった方たちがおられたのかと震えました。自然界の力の恐ろしさを強く感じたものです。もう八年が経過しましたか。人の営みが見えないというのは淋しいものです。改めて合掌。有難うございます。

こんばんは

3,11も9,11も
災害の内容は違いますが多くの人が犠牲になったという点では同じですね。

避難の丘
やはり備えておいたほうがいいですね。
今回の台風被害の千葉県。自家発電機やコンロなどを備えている人の生活には余裕さえ感じました。
災害大国日本です。備えなければと強く感じます。

URL | つや姫日記 ID:-

雲MARUさん、ありがとうございます。

この集落でも多くの人が亡くなっていますので、心苦しい思いが致します。避難の丘が活躍する日が来なければいいのですが…この一本松も何か曰くありげな気が致します。
おはからいにより、本日もお志を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

ボタンとリボンさん、ありがとうございます。

海辺の長閑な集落が一瞬にして津波に飲み込まれ、胸が痛みます。あれから早いもので8年半が経つのですね。恐ろしい教訓を忘れることなく、残された人生に活かして己と向かい合って参りたい所存です。

お陰様で、今回も格別なるエールを賜りました。コメントを頂きありがとうございます。

不あがりさん、ありがとうございます。

藤塚集落、震災前に何度か訪れたことがありまして、その後工事の為ずっと立ち入り禁止でした。昨年この避難の丘が完成し、再訪がかないました。TVの画像では見ましたが荒涼たる状況に際し、痛々しいものを感じて参りました。先ずは亡くなったかたの冥福を祈りましたが、沈痛な面持ちで息子とともに丘を降りて参りました。

おはからいにより、本日もお志を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

つや姫さん、ありがとうございます。

一昨日の9・11、意識はしていなかったのですが、帰宅してから同時多発テロのあった日であったのを思い起こしました。大震災のあった3・11とは半年の違いで、毎年、この二日間は様々な思いに駆られる日(有事への備えを再確認する日)と受け止めております。

災害は忘れた頃にやってくると申しますが、生活用品や非常食への備えを日頃からやっておくべきと捉えています。おはからいにより、本日も厚誼を頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

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