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今年もあと一日を残すのみとなったが、連休三日目の本日、私はかつてからの思い入れを果すことを思いついた。それは北川山保存緑地の散策である。北川山とは一体何処なのか?実は北川山は自分自身も本日始めて知った地名であった。それだけ低い知名度の場所だが、存在感はけして捨てたものではない。下の表をご覧頂きたい。北川山の面積は3・27ヘクタールとさほど広くない。

1保存緑地46箇所

Google3D立体画像で北川山保存緑地をご覧願いたい。画像の中央が北川山保存緑地である。右側の屋敷(食い込むような大邸宅)に着目。ここは藩政時代に藩主が鷹狩りに来た際に世話役を務めた家の末裔と言われる。先祖伝来のものを所持しているというが、それが古文書なのか、別なものなのかは調べきっていない。

2Google3D立体画像

ここは北川山で最も標高の高いと思われる地点である。周囲(荒巻本沢三丁目)は閑静な住宅地となっている。

3最高地点

北川山との出遭いはこの立札が全てである。北川山という地名はごくこの近所のかたを除いて知らないのではないだろうか?インターネットでもほとんどヒットしないほどマイナーな地名である。

4北川山立札

北川山の東部はこのような都市計画道路で分断されてしまった。その昔はなだらかな裾野が広がっていたものと思われる。

5道路で分断

明治後期と思われる頃の地図をご覧頂きたい。荒巻本澤と書かれた辺りが北川山である。中央の最上部に♨マークに着目。沸かし湯ながら荒巻温泉という温泉があった。

6明治後期地図

昭和三十年代後半の航空写真である。付近には長閑な野山が広がっている。現在はすっかり住宅地となっているのでとても想像もつかない。

7三十年代だ

都市計画を隔てた所にはベガスというパチンコ店がある。そのパチンコ店の駐車場から撮影したアングルがこの写真である。

8パチンコ店駐車場より

私は何とか保存緑地の中に入れないものか周辺を徹底的に調べた。北側は全てグリーンフェンスで囲われていた為、南側からのアプローチを試みた。南側には地主と思われる家が建っており、北川山に向かい経路の一番左端は、このように急な坂道となっている。

9急勾配

50メートルほど行くと地主と思われる家に至った。残念ながら林には入れない(不法侵入になる)ようだ。

10尾根に近い地主宅

坂を引き返すとアパートが数棟並んで建っていた。付近にはヨークマルベニやバス停があるので利便性に優れ、立地としては申し分ないようだ。

11アパート群

ここは保存緑地として最も西側に位置する所である。ここにも地主のものと思われる広い屋敷が建っていて、保存林への立ち入りを阻んでいるようである。

12西部端

横町挨拶
北川保存緑地は東西に細長い割に南北の幅が狭く、意図的に通行できないようにしているようです。一部の保存林が立ち入り可能なのに比べ残念な気が致します。非常にマイナーなものを扱った今回の記事ですが、マイナーがゆえに記事を書く価値が高い(自分が先ず足がかりを作る)と判断しての掲載でした。仙台藩主の狩りの際に世話役を務めた家については、今後郷土の資料などを調べてみたいと考えています。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。

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13六百横町
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