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本日は石巻市旧北上川に架かる内海橋と新内海橋の近況を紹介したい。住吉公園の改変工事の進捗状況を見た私が向かったのは中瀬(中州にできた島)である。中瀬に向かう途中の中町から新内海橋を見てみた。ここからもわかるが、大型のクレーンが入っているのを見ると、新内海橋はまだまだ完成してないようだ。

1新内海橋遠景

画像を見て頂きたい。橋本体のほうはかなりできているようだが、岸の道路への取り付け工事が終わっていないようだ。

2南西よりのビュー

こちらは旧内海橋のうち西内海橋に至る岸辺に新たに建設された交流館の「かわべい」である。
かわべいへのリンク↓↓↓
なかなか面白い名前だが、藩政期に石巻河口の北上川開削工事で功のあった仙台藩士の「川村孫兵衛重吉」と「川べり」を複合した命名のようである。

3かわべい

数年前のGoogle3D立体画像で内海橋の周囲を確認して頂きたい。東内海橋と西内海橋は生活道路として残し、両岸を結ぶ直行ルートとして新内海橋が新たに建設されているようだ。

4Google3D立体画像新内海橋

これは西内海橋から右岸の元気いちば方面を望んだビューである。右岸部に行政主導の建物が復興の先陣を切って建設されたのは心強い限りである。実はこの先の下流にも新たな橋が建設されている。

5西内海橋から見た日和山

西内海橋から中瀬の上流部を望んでみた。ここは去る1月10日に掲載した日本画家・川瀬巴水が1935年に描いた「日本風景集 東日本篇 石巻の暮雪 1935」のアングルとほぼ一致するものである。残念ながら往時を偲ぶものの多くが変貌に至り、実感が湧かないものがある。

6巴水の絵と同じアングル

但し、描かれた絵の背景の山のシルエットを写真と比べて頂きたい。巴水のスケッチの正確さが驚くほど伝わる。彼のスケッチには誠実さを感じるが、水墨画のようでもある。これぞ巴水の持ち味と受け止めている。

7雪の中瀬・川瀬巴水「日本風景集 東日本篇 石巻の暮雪」 (1935)

横町挨拶
今回で三日連続で石巻のことを掲載しました。それは石巻こそが自分にとっての原点だからです。どんなに苦しいことがあっても、私には石巻という心の拠り所が存在します。ルーツ調べをして確信に至ったことですが、我がルーツを育んだ父祖の土地こそが石巻です。

石巻は伊達政宗公の意図により、ほぼ人工的に創られた町ですが、この町に我がルーツが様々な面で関わったことを誇りに思います。自分はルーツに恩を返すためにも、残された余生を郷土研究に捧げたいと考えております。本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。

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8六百横町
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コメント

こんばんは
 新内海橋はどのようにつながるのか皆目わかりま
 せん。そしていつ完成するのかも?

URL | こだぬき ID:-

こだぬきさん、ありがとうございます。

新内海橋と旧内海橋の関係する辺りは複雑で完成図を見てもピンと来ません。旧内海橋は生活道路として機能させるものと考えていますが、観光客の多くが対岸直通の新内海橋を通行することで、石ノ森漫画館をスルーされることが懸念されます。

そういう意味において利便性を重視する代わりに失うものも大きい気が致します。川瀬巴水の「日本風景集 東日本篇 石巻の暮雪 1935」は是非復興のシンボルとして掲げて頂きたいと考えております。

お陰様で、今回も有意義なご意見を聞かせて頂きました。おはからいに感謝しております。ありがとうございます。

お早うございます、

川幅も広いので橋が開通までにはかなりの日数が
掛かるのでしょうね、
最近は他所で橋を建設して台船で運んで来て大型クレーンで取り付けたり短期間でやりますね、
勿論、大型クレーン船とか台船が入れる場所に限定されます、

完成すれば便利にはなりますが景色も一変しますね、

URL | 雲MARU ID:-

おはようございます!

親しみを感じる交流館「かわべい」命名が分かり易く良いですね。立派な橋が二つも出来つつ有り、横町様のルーツも関わっていて、どんどん発展して行く石巻市、嬉しい事ですね。大分先のようですが完成が待たれますね。

URL | suosyou2 ID:-

横町利郎さん

1935年、川瀬巴水が描いた画像と
現在との比較、興味深いです

川瀬巴水が、実際に足を運びスケッチ
そして、仕上げたのでしょう

また、横町さんの地元愛が溢れているのが
文面から伝わってきます

これからもよろしくお願いします。(^_^)v

URL | まりっぺ ID:-

雲MARUさん、ありがとうございます。

新内海橋の完成は来年度の2021年になっているようです。クレーン作業などの為に仮の橋が架けられているのには驚きました。
ところで貴兄がよくご存じの山西造船はすぐ近くの中瀬にありました。実は旧内海橋(東内海橋と西内海橋)も架け替えられるようです。位置関係が複雑なので、後日記事にして説明したいと考えております。

お陰様で、本日も真摯なコメントを頂戴しました。おはからいに感謝しております。ありがとうございます。

suisyou2さん、ありがとうございます。

震災後に斜陽化が一層進む石巻ですが、少しでもこの橋が歯止めになればと思っています。内海橋は1882年に木造でこの橋が架けられた際に資材を投じてこの偉業に当たった内海五郎兵衛の名に由来するものです。新内海橋の完成は来年の2021年になるようです。

おはからいにより、本日もお志を頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。ありがとうございます。

まりっぺさん、ありがとうございます。

川瀬巴水(1883~1957)は全国をスケッチして歩いた画家のようです。もっと脚光を浴びてもおかしくない画家と捉えています。彼は雪景色を好んで描いたようです。画風から言って水墨画にも造詣が深かったものと察しております。

このところ、石巻に関する記事を続けて書いていますが、郷里ゆえに力が入ります(笑)本日も格別なるお励ましを頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。ありがとうございます。


貴兄の郷土愛が、こうして多面にわたる郷土の記事を書かせているのでしょうね…。。。

石巻は、大いなる北上川の河口…。。。北上川に興味のある私にとっても大切な町です…。。。

URL | boubou ID:-

boubouさん、ありがとうございます。

文中に「父祖の土地」という記述を残しましたが、これはウェールズ国家「我が父祖の土地」からの引用です。先の世界ラグビー日本大会で何度か聞いた「我が父祖の土地」の一節である「海に守らるるとき、大地はいと清らなりおお、古き言葉よ風雪に耐へたまえ」を石巻賛歌として郷里へ捧げたい気が致します。

今まで石巻のことを書いてきましたが、素材はいくらでも転がっているような気が致します。創作というものはモチベーションが落ちないうちに、一瀉千里の精神で一気に書き上げねばなりません。自分は今のその気持ちを大切にしたいと察しております。

本日もお励ましを頂戴しました。ご配慮に感謝申し上げます。ありがとうございます。

横町利郎様

新内海橋まだまだ完成には時間がかかりそうです。
岸から道路への取り付け工事大変な作業です。
立派な橋も複数出来て復興施設「かわべい」
市民のよりどころですね。
巴水のスケッチのような風情はなくなっていきますね。
新しく生まれ変わる石巻市、良い方向へと
向かわれるように念じます。

ボタンとリボンさん、ありがとうございます。

ネットで調べたところ、新内海橋が完成した後で東内海橋と西内海橋も架け替えられると知り、驚いています。位置は下流側に移動するようで取り付けの位置も変わるようです。今後は別な工事も発注され、最終的にこの辺りの橋や道路の工事が落ち着くまで、まだ暫く掛かるものと受け止めております。

巴水の「日本風景集 東日本篇 石巻の暮雪 1935」の面影が失われたのは誠に残念です。自分にできることは昔の中瀬のよき面影を後世に伝えることです。先日はお二方と話し込んで参りましたが、同郷のかたとのコミュニケーションにも期待したい所存です。お陰様で、今回もお励ましを頂戴しました。コメントを頂きありがとうございます。

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