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 パッヘルベル カノン 
リンク曲について
作曲:ヨハン・パッヘルベル(1653-1706) 、ネヴィル・マリナー指揮、アカデミー室内管弦楽団演奏によるこの曲は仙台市博物館の支倉常長の生涯を上映するミニシアターでBGMとして流れる曲である。この曲こそは私にとって殊のほか思い入れの深い曲である。思い入れが深いと言ったのは、仙台市博物館のミニシアターで毎日放映される「支倉常長・光と陰」のBGMとして流れる曲だからである。私が躁鬱病を患ったとき、成り切ったのが仙台藩士・支倉常長だった。精神を病んだ者の特効薬は侍に成り切ることである。但し、これはけして意識してやったものではない。結果的にたまたまそうなっただけのことである。

神仏を一切信じない私が、一人の侍に成り切ることで救われ、やがて寛解(症状が落ち着きニュートラルになること)に至る。これは今でも非常に不思議なことである。無神論者の私にとって幼少期に受けた祖父母の深い恩愛は、今でも自分の宝である。祖父母に対して申し訳ない生き方だけは絶対にしたくない。それを具体的に言えば、自分の子供を立派に育て上げることに他ならない。侍はいつでも主君に命を捧げる覚悟が出来ている。自分はいつでも家族の為に死ねる。そんな気持ちが仙台藩士・支倉常長の強い気持ちに重なったのかも知れない。支倉常長と自分との関わりについて話せば長くなるので興味のあるかたは、書庫の小説「我が後半生と武士道」をご覧願いたい。
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さて、前置きが長くなったが、本日は自宅に巣を作ったツバメの親子について述べたい。昨日の朝、女房から「軒先でツバメが巣を作り子育てをしているよ」と聞かされた。築二十年を前にした我が家に、ツバメが初めて巣を作った。これはちょっとした驚きだった。以前の私なら、「ツバメの糞で建物や車が汚される…」と考えたに違いない。だが、今の私は違う。懸命なツバメの子育てが、自分の子育てに重なるのである。そう考えた私は巣を撤去せずに彼らの子育てを見守ることにした。私は笑顔で「それは大変縁起がいいことだ」と語った。女房はそんな私を見て笑った。

※画像はインターネットから引用

自分は現役時代にサラリーマンとしての生き残りを懸けて、会社と相克を繰り返した。それは他でもない。過去に受けた祖父母の深い恩愛に応え、女房や子供を食わす為である。数年前の私は、毎日毎日が針のむしろに座るような日々の繰り返しだった。そんな余裕のない時分、ツバメの巣作りなど、全く眼中にないことだった。だが、今の自分は彼らの巣作りに自分の人生の後半生を重ね、心から子ツバメの巣立ちを願っている。立ち直った私は以前のような窮地に追い込まれることはないが、平常心だけは常に持ち続けたいと考えるのである。

筆者挨拶
何故、ツバメが巣を作ったのか?これはわかりませんが、これは彼らの動物的勘に他ならないと察しております。有体に言えば、今の自分は現役時代と異なり、肩の力が抜けたいうことです。然らば、彼らは研ぎ澄まされた勘で我が家に巣を作ったのかも知れません。

さあ、今から明日の朝に彼らの子育てを見るのが楽しみです。本日も最後までご覧頂きありがとうございました。

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