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 宮城県懐かしい昭和の映像★石巻市 


リンク動画について
YOU TUBEでお宝映像を見つけた昭和時代の石巻の動画である。投稿者であるトコトコ煌チャンネルにはこの場を借りて感謝を申し上げたい。

冒頭では仙石線を走る昔の列車が映っている。大変懐かしい車両で昭和中期の頃のものと思われる。自分の親戚縁者の多くは物故してしまったが、この列車を見ていると、その一人一人の顔や生き様が脳裏に浮かんで来るのである。今となっては、仙石線にこんな列車が走っていたと知る人も少なくなっただけに、人の世の移り変わりの速さに、ただただ唖然とするのである。やがて自分も世を去る運命にあるが、その前に一塊の鎖となって先人の息吹をウェブ上に遺したいと考えている。

これは昭和四十年代の頃と思われるが仙石線石巻駅の模様である。

1仙石線駅

こちらは石巻線(内陸の小牛田と牡鹿半島の付け根に位置する女川を結ぶ鉄道)の石巻駅である。かつての石巻には二つの駅があった。これは民営の二つの会社が運営していたことによるものである。

2石巻線石巻駅

これは私が撮影した現在の石巻駅である。もちろん両路線ともJR東日本の運営である。仙石線と石巻駅が統合されて久しい。

3現在の石巻駅

中瀬方面から湊方面を映した画像は大変興味深い。車の型式から言って昭和40年代前半と思われる。祖父が亡くなったのが昭和41年なので、ちょうどその頃か?祖父が亡くなった日、叔父が車で横町に駆け付けたようだが、橋の上の渋滞に捕まり、祖父の死に目に会えなかったと聞いている。

4大華楼

街の賑わいを見て頂きたい。先の震災のこともあり、今はすっかり斜陽の様相を呈している我が故郷石巻にもこんな時代があったのである。

5街の賑わい

中瀬の航空写真である。中瀬には娯楽の殿堂的存在だった岡田劇場中西造船などがあった。石巻の造船の歴史を遡り、たどり着くのは伊達政宗の旧北上川開削とその後の中瀬整備事業(政宗の死後)である。今の宮城県の骨格を創ったのが伊達政宗だが、石巻もその骨格をなす極めて重要な地点であった。旧北上川河口に形成された石巻と中瀬は、意図的な理由でほぼ人工的に造られたものと言っても言い過ぎでない。

6中瀬航空写真

今は大船が一隻も止まっていないが、昔の波止場の賑わいが懐かしい。かつての石巻には、他の港町と同様に船乗りの相手をする遊興施設があり、昼も夜も賑わっていたのである。

7波止場

石巻と言えば製紙工場(日本製紙)が有名である。企業が多くの地元雇用を生み出しており、恩恵は計り知れないものがある。

8紙工場

横町コメント
一年ほど前、朝鮮戦争時の在留米軍の軍医であるジョージ・バトラー氏が昭和26年に撮影したカラー写真が話題になりましたが、今回の動画はまったく出所が日本のかたと思われ、全く別となります。それだけに大変貴重なものを重ねています。

トコトコ煌チャンネル様は宮城県の他の地域もYOU TUBEに投稿しているようで、機会があれば仙台の昔の街並みなども取り上げたいと考えています。

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9六百横町
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