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 Pachabel Cannon in D major Perfect Version.wmv 


リンク曲について
ヨハン・パッヘルベル(Johann Pachelbel)作曲のカノンは教会音楽(室内楽曲)である。正式な曲名は『三つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグニ長調』(原題: Canon a 3 Violinis con Basso c. / Gigue) である。ヨハン・パッヘルベルバロック時代ドイツの作曲家だが、それにしても荘厳極まる曲を作ったものである。

仙台市博物館のミニシアターで支倉常長(1571~1622・仙台藩士、伊達政宗の命を受けてヨーロッパに渡り、スペイン国王と謁見キリシタンの洗礼を受け、その後ローマ法王と謁見し、ローマでは貴族としての称号を許される)に関する短編映画が上映されるが、その際にBGMとして流される曲がこの曲である。クリスチャンとなりながらカトリック国への大使として重責を果たした彼は、主君の伊達政宗と並び今でも宮城県人の誇りであり、心の拠り所である。今年は支倉が仙台に帰って400年目を向かえるが、節目の年に彼の偉業を讃えるとともに、追悼する文でも書きたいと今から考えている。

交渉は失敗に終わったが、彼と同じことをやれと言われても多くの人は出来ないことだろう。彼は主君に使える侍として、また敬虔なクリスチャンとして、大きな重圧と戦い、1622年に少しも恥ずかしくない生涯を終えた。キリシタン迫害の時代とあって長く封印された彼の生き様が評価されたのは、約250年後のこと(岩倉具視らによる遣欧団がローマで偶然にも彼の足跡を発見した)であった。

自分は支倉のことを心から尊敬している。自分が歴史に取り組むきっかけとなったのが、支倉常長を追悼する気持ちからであった。今宵はこの荘厳な宗教曲を聴きながら、彼の生前を偲んでいる。一途に生きることは東北人の誇りでもある。明治維新とて同じである。奥羽越列藩同盟が結果的に賊軍とされ、我々の祖先は肩身の狭い思いをして生きてきたわけだが、今思えばこれは結果論であり、少しも恥じることはない。

かつて或る講演会で或る企業の名を借りて「東北は植民地」と称した著名な学者がいるが、今でも自分はその言葉を認めていない。歴史は勝者によって塗り替えられるのが定番だが、例え他人の言葉を借りようが、敗者を鞭打つような言葉だけは避けるべきと考えている。

今宵はカノンを聴き、オンザロックで喉を潤しながらそのような取り留めもないことを考えている。自分は根っからの東北人であるが、今でもそのような偏見じみた視線に触れる時、心の奥底から湧き上がるルサンチマンを感じる。その気持ちが前進への大きなエネルギーに転化されるのを念じて止まないのである。

0バッヘルベル

今日は待ちに待った日である。それは一箇月近く立ち入ることのできなかった図書館への再訪がかなったからである。私が最初に向かったのは若林図書館である。若林図書館は定年間際に何度となく足を運び、自分のセカンドライフの在り方をいろいろと教えてくれた場所である。昨日の26日から書庫は解放されたが、二日目となる本日は私が一番乗りであった。

1若林図書館一番乗り

四冊の蔵書を借りて、次に向かったのは青葉区の仙台メディアテーク仙台市図書館)である。これで以前のように心置きなく文芸に身を投じられる…そんな安堵感が私を支配した。館内はもちろんマスク着用である。ここでは三冊の蔵書を借りた。

2メディアテーク

二つの図書館から借りた蔵書の貸出票である。蔵書借用の目的は二つに分かれる。一つは現在執筆中の『東街道をゆく』の資料として使えるものと、もう一つがFC2ブログのテクニックに関する指南書である。どちらも自分のブログライフに更なる追い風をもたらすものとなるのを確信している。

3貸出票だ

横町コメント
一箇月半ぶりに図書館の書庫に入ることができ、蔵書を借りられたことに満足しています。物資に恵まれると、人は有難みを感じ難くなる傾向にあるわけですが、改めてそうであってはならない(万物への感謝の念を怠ってはならない)と受け止めております。合計7冊の蔵書(借用起源は二週間)を借りたわけですが、これを無駄にすることなく、我がセカンドライフへの追い風となるようにもって行きたいと考えています。

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4六百横町
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