fc2ブログ
 だれかが風の中で 木枯し紋次郎 


リンク動画について

映画やドラマを鑑賞された時のことを思い起こしてほしい。成りきりは誰にでもあり得ることだろう。但し私の場合は少し事情が異なる。それは過去に躁うつ病を発症した際、様々な人物に成りきり、現実との境界を彷徨った経緯があったということである。成りきった人物は武士が多かったが、木枯し紋次郎のような任侠物の主人公もあった。


自分が紋次郎に成りきったのは、今から8年ほど前でその時点で、その時は既に寛解(症状がすっかり落ち着くこと)に達していた。それでも成りきりがあったということは躁うつ病の副産物と言うしかないのかも知れない。医学書に登場することは躁うつ病症状として「成りきり」があるということだけで、これがその後の病状に何をもたらすのかについては極めて朧である。


私はここではっきりと明言したい。「今の自分があるのは様々な人物の成りきりがあったからである」と。成りきった人物の中で唯一架空の人物こそが笹沢左保原作の「木枯し紋次郎」である。一方で私が木枯し紋次郎になぜ成りきったのか?と聞かれれば「往時の私は或ることが起因して人間不信に陥り、ひたすら孤独という面があったからです。」とお答えすることだろう。


ところで、木枯し紋次郎については次のような考察がある。江戸時代ヤクザ者の本場といえば何と言っても上州(今の群馬県)であったという。当時一流の渡世人に必須とされていた事項は次の四つである。

度胸

③反骨精神

礼儀作法

上州はこれらにとりわけ厳しく、上州で長年修行を積んだ渡世人は上州長脇差と呼ばれ、他の渡世人のみならず堅気の人間からも一目置かれる存在であったという。ちなみに木枯し紋次郎の出身地は上州新田郡の三日月村であった。

往時の自分はサラリーマンとしての生き残りを懸けていたわけだが、けして紋次郎の表面に心を捉われたわけでなく、渡世人のしての礼儀正しさや度胸に見倣うべきものを感じたのである。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


さて、本題に入りたい。現在時代劇チャンネルで木枯し紋次郎シリーズ(初代)を放映中である。テレビで放送されたのは、今から48年前の1972年の2月5日であった。


第6話 「大江戸の夜を走れ」(放映 1972.2.5)荒筋

冒頭は夜の江戸が舞台である。呼子響き捕縛された盗賊は十六夜小僧こと為吉であった。過去に人を殺めたこともあり、その後為吉は引き回しの上で磔の刑と決まった。


一方で雨の甲州街道をゆく紋次郎は病の母子を見かける。通り過ぎようとする紋次郎に、遠縁だという連れの男から、体の具合のよくない母と子を下高井戸宿まで運んでくれと懇願される。助けた母子は十六夜小僧こと為吉(ストーリーの最後にこの男は
十六夜小僧の替え玉とわかる)の妻子だった。


遠縁の男は為吉の処刑を見に行かねばならないが、到底行けそうにないので代わりに赤いしごき(布)を引き回しの際、為吉に見せてやってくれと申し出る。言われるまま合図の品預かり江戸へ発つ紋次郎、道中の風景には摩気の里らしきものが窺える。


為吉の小塚ッ原への引き回しの際、紋次郎は路傍に立ったが、赤いしごきを垂らした紋次郎に為吉は指を二本立てて合図を送った。この二本の指が何を示すのか?紋次郎に知る由もなかった。


引き回しの後、処刑された為吉(実は為吉は十六夜小僧の替え玉だった)


1磔正面

江戸への入口・内藤新宿で博徒・白虎の源六にからまれるが、下高井戸から紋次郎を見ていた女・お小夜が仲裁。江戸へ入り花川戸への道すがら紋次郎に過去を語るお小夜、中ノ島橋、松本酒造。お小夜は為吉の情婦だと言う。その後処刑に動揺したふうのお小夜は紋次郎を引きとめる。


紋次郎を引き留めるお小夜「今夜は供養のために…」


2堀越

伏見・宇治川派流大倉付近で、為吉の供養と称しお小夜は紋次郎を旅籠に誘い、込み呑み明かし「合図」(盗んだ1500両の在処を意図する合図)の内容を聞き出し姿を消す。


紋次郎に対して、色仕掛けで為吉の発した合図を聞き出そうとするお小夜


3旅籠

酔いが冷めた紋次郎はお小夜がいないのに気づく。紋次郎は事の次第に気付き、木戸の閉まった町を抜け下高井戸へ向かった。


お小夜は白虎(やくざ)の女だった。お小夜が為吉の女房の遠縁の男を呼び出し合図の意味を教えろと迫る。場所は鳥居本八幡宮である。白虎一味の人数(八人)が出ている。紋次郎はここに駆けつける。「命が惜しかったら、おとなしくしてな」と言う源六(白虎の子分)に紋次郎は「白狐の源六さん。お言葉ではござんすが、あっしは命を大事とも大切とも思っちゃいねえんですよ」と返し、長脇差を抜いた。


処刑された為吉(後で十六夜小僧の替え玉とわかる)の「意趣返し」の為に仁義の長脇差を抜く紋次郎


4白虎一味

紋次郎は源六一家を叩きっ斬った後、お小夜に「ひと思いに私を斬って」と懇願されたが「女を斬るようなドスは持っちゃいねえんだ」と脇をすり抜けて去ろうとした。その紋次郎の背中めがけて、お小夜が襲いかかる。「それなら私からいくよ!」紋次郎は反射的に長ドスを背後に突き出し、お小夜を刺した。


その後、為吉の女房から金のありかを聞きだそうとしていた遠縁の男こそが本物の十六夜小僧とわかる。「おめえさんのために死んだ為吉さんとお小夜さんが浮かばれねえんだ…」逃げようとする
十六夜小僧に紋次郎は再び仁義の長脇差を抜くのであった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


横町コメント 

木枯し紋次郎もやはり人間、時に煩悩に負けそうになることもあることでしょう。でも完璧な人間など一人もいないことを考えるならば、却ってこういう紋次郎のほうが人間的であり自然なのかも知れません。


ちなみに往時の社会で「仇討」が許されたのは唯一武士階級のみでした。これに対して任侠道で親分らの敵を討つのは意趣返し(恨みを返す、仕返し)と言われ、定めに添ったものではありませんでした。但し、武士道も任侠道も仁義に対して命を懸ける点において共通性があります。


紋次郎の行った敵討ちは、そういう意味で一つの意趣返しとも言えます。そんな彼には明確な理念(無駄な殺傷はしないが、自分があやめられそうになった際は、長脇差を抜く。時に他人の為に仁義の刃を抜く)がありました。


往時の自分もそんな気持ちで、殺伐とした日々を送っていました。もちろん一匹狼です。こういう人生を送れば自ずと取り巻きは少なくなるわけですが、これに対しては因果応報と考えています。そんないきさつもあって、今は時代劇チャンネルの再放送で「木枯し紋次郎」を感慨深い気持ちで観ています。


本日も最後までご覧頂き、ありがとうございました。ブログランキング・地域情報・東北地区に参加しています。宜しければクリックをお願い致します。

  

5七百横町
関連記事

トラックバック

トラックバック URL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)