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 Van Halen - Dreams (Blue Angels) 


リンク曲について
久しぶりにVAN HALENのDREAMS(Blue Angels バージョン)のリンクである。HDバージョンゆえにリンク無効とされるリスクはあるが、それでもあえてこの曲を選んだのは理由がある。それはコロナ渦のうやむやを早く脱出することへの強い期待に他ならない。昨年末中国武漢に発した新型コロナウイルスの暗雲が未だに立ち込めたままだが、雲の上には燦然と輝く大空がある。

コロナ明けもそう遠くないことだろう。然らば、今宵はこの雄大なVAN HALENのソングに希望の希望を託したい。HDバージョンがリンク無効となった際は普通のバージョンにリンクを変えるつもりである。リスクとベネフィットが背中合わせなのは世の常である。ゆえに常に守りに回らず攻めに回る。(仙台藩祖伊達政宗公から授かった志向)これは例えセカンドライフに入っても変わることのない座右の銘である。改めてこの気持ちを己の心の奥底に刻み、残された人生をポジティブに歩みたい。

0大空

さて、本日の仙台の天気は薄曇りで時折晴れ間が望む程度で、最高気温は昨日(32度)より少しだけ暑さが和らぎ29度であった。急ぎ足で歩けばまだまだ汗が噴き出る気温と湿度だが、朝夕は虫の鳴き声も聞こえ、秋遠からずを実感する一日となった。

私は何事も迷うのを無性に嫌う性分で、迷っている間に出かける性質である。本日もその例外でなく、AM8時前には家を出た。向かったのは、仙台市の目抜き通りである一番町である。今となっては、現一番町が藩政時代に糠蔵丁と呼ばれていたのを知る仙台人も少ないことだろう。ちなみに丁と町の違いは、丁とつくところは侍が、町とつくところには商人が住んでいたということである。

東北唯一の大藩である仙台藩(62万石)は多くの侍(堀田幸義氏によると、重臣から兵卒を含めて全人口の約四分の一が侍であった)を抱えていた。その数は実に総人口76万人に対して20万人近くに上るという。(1695年)俄かには信じられない数値だが、今は商業地域となったこの地にどんな侍が住んでいたのか?興味が尽きないものを感ずる。

1糠蔵町

虎屋横丁と糠蔵丁の辻に立っている石碑には「番ブラ」と刻まれている。現一番町は昭和の頃まで東一番町と呼ばれて広く親しまれていた。かつては娯楽の殿堂とされたボンボン会館(囲碁、麻雀、喫茶、床屋、レストランなどの複合施設を備えた遊興施設)などがあった場所で、西に並行して走る国分町(東北一の歓楽街)と並ぶ繁華街であった。

2番ブラ

仙台は東京に近いが、影響を受けたのはけして東京の文化だけではない。たこ焼きを扱う飲食店も進出してきており、東京よりながらも、東西文化の折衷も感じなくもない。若い層を中心に人気のある飲食店も散見され、「学生の町」という別な顔も見え隠れする気がする。

3庶民的な店

牛たんとともに、仙台と言えば笹かまぼこが名産である。鐘崎の笹かまぼこをご存じのかたもおられるのではないだろうか?一番町の広瀬通以南はこのような天井高が高い全天候型アーケードで覆われている為、降雨や降雪、夏場の暑さは全く問題ない。365日オールマイティ感覚で歩けるのが一番町の魅力と言っていい。(自分も一年のうち、約200日ほどは一番町を通っています)

4鐘崎前

青葉通以南に来るとこんな感じになる。今年は仙台すずめ踊りや仙台七夕が中止になったが、来年の復活を是非信じたい。このようなご時世だが、マスクと服装のコーディネートでお洒落を楽しんでいるようなかた(左端の女性)と擦れ違うと、思わず胸を撫で下ろすような気がする。👨

5青葉通より南

一番町には立ち食いそばが三店ある。三店のうち二店は青葉通以南に集中しているが、そばの神田もその一つである。仙台は東日本に属するが、やはりうどんよりもそばがポピュラーである。これは東京文化の影響と言えるのかも知れない。画像の歩いているかたは、数秒後にそばの神田に入った。

6そばの神田

一番町には様々な横丁が交わっている。壱弐参横丁とはユニークな名前だが、少しも違和感なく一番町に溶け込んでいる。

7壱弐参横丁と立ち食いソバ

壱弐参横丁はサラリーマンが憂さを晴らす横丁でもある。もちろん時代とともにテナントは移り変わるわけだが、スピリッツ(大衆のコミュニケーションスポット)だけは昔と少しも変わっていない。

8壱弐参横丁

横町コメント
私の出身地は石巻ですが、第二の故郷は仙台です。今の私は勤務先の関係上、セカンドライフに入ってから仙台の目抜き通りである一番町に関わることが多くなり、何らかの因果を感じます。コロナの渦中ということもあり、夏祭りの中止は痛いですが、人出は既に9割近くは戻ったようです。

心から番ブラを愉しむには十分な心身の余裕がなければなりませんが、幸いにも今の自分はまだまだ良好なフィジカルコンディションをキープし、ウォーキングで健脚を維持しているので、仙台市民としてこれからも番ブラを心から愛し、一番町に関わる記事を書いて行きたい所存です。

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9七百横町
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