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 A whiter shade of pale - Procol Harum.avi 


リンク曲について
多くの御仁は自分の歩んできた過去を思い起こす際に、相応しい曲がある。もちろん自分もその一人だが、プロコル・ハルムのデビュー曲である「青い影」(1967年)には特別な思い入れある。自分が死んだ歳は葬式をやらないと決めているが、最後の別れの際にはこの曲で送って欲しい。

若いころの自分を思い出す度にほろ苦い想いを抱く私だが、ポリシーだけはけして失っていない。今宵は様々な面で至らなかった過去への懺悔を思い浮かべ、プロコル・ハルムの名曲に酔いたい。人との出逢いは一期一会だが、この言葉には或る含み(サブニュアンス)がある。

それは「どんな人間でも必ず見習うべきものを有している」ことである。これを言い換えれば「欠点のない人間は居ないが、長所を持っていない人間も一人もいない」ということである。然らば、好き嫌いだけでその人間の持っている長所をまったく見ないということは、「木の枝葉ばかりを見て幹を見ない」ことと同義を重ねるのである。

やはり、人間の価値は己の好き嫌いという主観だけで決めるべきでない。それだけに自己客観視は欠かせないのである。セカンドライフに入って久しいが、昨今はそんなことを考えながら、取り巻きと接している。だからと言って自分の考えを押し付けているわけでない。組織人としてやっていく上で、個々の多様性を重んじ、コンセンサスも視野に入れ、その中でシンパシーを探っているのである。

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さて、今宵は愛用している腕時計の話をしたい。この腕時計を購入したのは2015年で、購入した場所は東松島市のホームセンター・サンデーだった。サンデーは北東北から営業を展開するホームセンターだが、魅力にあふれた品を扱っている。この店で購入したのが黒い文字盤の腕時計であった。購入価格は廉価であった。だが、自分にとってそんなことはどうでもよかった。どうしても黒い文字盤の腕時計が欲しかった所以である。

今は亡き叔父から高校入学の祝いに買ってもらったのが、シチズンの黒い文字盤の腕時計であった。叔父の晩年を想うと今でも泣けてくるが、尊敬する叔父の供養という意味を兼ねて、5年前の私は黒い文字盤の腕時計を購入したのである。その腕時計がふとしたことで動かなくなった;時間合わせをしている最中に突然止まったのである。

1表側

この腕時計が再び動き出すか否かは全く分からなかったが、私は僅かな望みに懸けてみたいと思った。幸いにもスペアの電池は百均のセリアで販売していた。

2蓋を開く

購入した電池をこの部分に収めれば、全てが上手く行くはずであった。

3電池取り付け部詳細

だが問屋が卸さなかった。どうも電池との接触がよくないようだ。私はあきらめずに何度かトライを試みた。

4電池を収めてみた

迷いに迷った私が講じた改善は次の二点である。事実を見極め、人事を尽くしてだめなら、この腕時計を捨てるしかないと開き直ったのである。一か八かの懸けは幸運にも通った。この二つの改善が、この腕時計の延命に繋がったのである。

5改善点

横町コメント
今は無事に電池交換がかなった黒い文字盤の腕時計の指す針を見て、正確な時間を確認しています。もちろんこの腕時計には在りし日の叔父への思いを重ねます。物を大切に使うことを重視する自分ですが、つくづく本日は故障した腕時計を買い替えなくてよかったと思います。

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6七百横町
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