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初めに

先日、私は二箇月ほど前に『石巻人気質』という随筆https://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-2737.htmlを書いたが、これに比して仙台人気質を論じるのは難しい。それは仙台人と言っても、元々全体の四分の三がよそ者であり、生え抜きの仙台人は四分の一ほどしか居ないからである。都市と言うのは元々が寄せ集めの住民で構成されるものだが、四分の一を占める先住の住民が、一体どんなものなのかという点についてスポットを当てなければ、真の仙台人を語ったことにならない。生え抜きの仙台人について語る前に、転勤族であった二人の知人のことを話したい。


知人Aの場合

Aは埼玉の大宮市の出身だが、東京勤務が長く江戸っ子的な気質を備えた人物であった。そのAが仙台に転勤してきた時は、どうやら左遷されたと思っていたらしい。Aは寒さが苦手だった。正月休みに関東に戻り、仙台に戻ってくるのが億劫でしょうがなかった。「新幹線で福島を過ぎると雪景色になり、それを見ると憂鬱で、ああ行きたくない」というネガティブな情感に襲われると言っていた。


そんなAが再び東京に戻された際、送別会の席で恰も娑婆に出るかのような清々しい顔をしていた。これは今でも記憶にはっきりと残っている。彼の趣味はギャンブル(パチンコ、競馬、麻雀)だが、博才があるようで金に困ることはなかった。今思い起こせば、仙台暮らしの辛さを趣味のギャンブルで紛らし、そこそこの単身赴任生活を送っていたようだ。


知人Bの場合

Bは大阪府出身で、最初の頃は能天気でやや組織から浮いた感じの人物であった。Bの趣味は温泉巡りとご当地グルメで、休日ともなると宮城県内をあちこち巡っていたが、そのうち県内では物足りなくなり、隣の山形県にも遠征し、名産の手打ち蕎麦などに舌鼓を打っていた。Aとは対照的に宮城県や仙台市の水が合うようで「居心地がいいので、仙台からは動きたくない」などと語っていた。


ちなみにBはごますりが上手く上司に気に入られ、それなりに派閥の中に身を投じて、サラリーマン生活を謳歌していたようだ。仙台を転勤で離れる際、彼の名残惜しそうな様は今でも覚えている。このように転勤族から見た仙台はけして一様ではなく、取り方次第で佳境にもなるし、地獄にもなる土地柄と言える気がする。要は馬が合うか、合わないかという一語に尽きるということである。


仙台人は東北の他県の住民から結構嫌われている

紹介したABはいずれも都会人であるが、東北の地方の人間から見た仙台は全く異なる。年代によっては根強い偏見もある。例えば自分が奥会津のT町に長期出張した際、酒の席で土地の年配の人から「仙台者は世知辛くて…」という見下すような言い方をされたことがあった。こちらとしては馬鹿にするつもりなど毛頭ないのだが、彼には何か仙台者に対する先入観があるらしく、けして隙を見せようとしなかった。


また私の知人が青森の八戸に行った際、海鮮市場の駐車場に仙台ナンバーの車を止め、買い物から戻ると土地の年配のかたと思しきかたから「な~んだ、仙台ナンバーか」と蔑んだ口調で言われ、偏見のようなニュアンスを感じたという。その知人は、戦国時代末期に伊達政宗が関ケ原の戦いのどさくさに乗じて隣の南部藩(青森県の東半分と岩手県の北部、中部に跨る領地)を攻めた際の遺恨が今でも残っているかのようなものを感じたと言っていた。


これらのかたがたは概ね仙台人(宮城県人)に対して「半端な都会人づらをして威張るんじゃない!」と言っているような印象がある。彼らは仙台人に仕切られるのを嫌い、その前に牽制球を投げるような気持ちだったのだろう。仙台人がどうこうなどとは、普段からけして胸中にない自分にとっては、まことに面食らう話である。


伊達政宗と明治維新の敗戦がもたらしたものとは?

稀代の風雲児・伊達政宗の存在や明治維新の終わり際、会津と別行動をとって手のひらを返したように政府軍に降伏した仙台藩の風当たりは結構強く、今でも会津の年配の人を中心に仙台へのヘイト指向を残している気がする。一方で仙台は東日本の一部で東京を小さくしたような町とも言われる。元々、東京とはそう離れていない(新幹線で約一時間半)のでこれは当然とも言える。地方の人から見れば都会人特有のドライさ、小賢しさを仙台人に重ねているのかも知れない。


但し、小説家坂口安吾の書いた『伊達政宗の城へ乗り込む』は宮城県人から見てどうもいただけない。今で言えばヘイトスピーチなのである。受け狙いとは言え、安吾は郷里の英雄である伊達政宗公を田舎豪傑呼ばわりして、最初から最後までけなしている。「利にさとく、思い込みが激しい反面、秀吉や家康らの強敵には簡単に頭をさげる変わり身の早さ」を彼は揶揄したかったのだろう。ちなみに伊達政宗の城へ乗り込む』は郷里の先人の多くの怒りを買う作品となって久しい。


拙論評『坂口安吾という作家』へのリンクhttps://gbvx257.blog.fc2.com/blog-entry-616.html


1西公園通

仙台の気候風土

仙台の気候は代表的な太平洋側気候(夏は涼しく、冬場は風が強く雪が少ない)だが、東京の冬と比べれば5、6度は寒い。転勤族のAがどうしても馴染めなかった理由が、仙台の冬の寒さであった。但し北東北と比べれば冬場の寒さはまだまだ生ぬるい。要は比べる基準によりけりということだが、雪が少ない(東京とさほど変わらない)ことが大きな特徴である。先に東北の他の五県の住民から見た仙台人(宮城県人)の印象を語ったが、仕事や学校の関係でこれらの地域から移り住んだかたの仙台の印象は概ねよく、温暖で雪が少ないところがいいと言っている人が多い。


仙台人の人情は?寄せ集めの性とは?

ここに興味深いアンケート結果がある。住民意識を問う某テレビ局のアンケートである。「あなたは〇〇県人という意識を持っていますか?」という問いに対して、「はい」と答えた宮城県人(うち半分は仙台人)は全体の70%弱で、全国33位でかなり低かったという。これに対して東北の中で最も住民意識が高いのは秋田県では「はい」が84%を占めたという。「同郷の誼」という観念を持った住民がこれだけ少ないと、明らかに郷土愛や人情にもダイレクトに繋がってくるはずである。これがアパートやマンションの多い仙台市街ともなると、さらに住民意識が遠のくようで、「隣は何をするものぞ?」と思っている傾向が一層強くなるようだ。


さて、仙台人についていろいろと書いたが、城下町と港町の違いはあれど、仙台人の気質は結果的に先日書いた石巻人気質とも似ているものを感じる。東北にありながら、ともによそ者の多い土地柄ゆえ、争いごとはどうしても多くなる。従って他人には当たらず触らずという姿勢で行こうというドライな気質が自ずと出来上がってくると私は分析している。


横町コメント(仙台の魅力)

都会人じみたところがある反面、仙台人の多くはその地の利を活かして休日になるとローカルな郊外に出かける人が多いようです。自慢ではありませんが、一時間ほどで日本三景の一つである松島にも行けます。仙台はそこそこ都会でもあり、そこそこ豊かな自然に恵まれているわけで、この「そこそこ」こそが仙台のチャームポイントとも言えます。


実は私は東京転勤をきっかけに精神的不調に陥りましたが、再び仙台に戻され、休みの日にはバイクに乗り、ゴルフや侍への成りきりも相まって心身の健康を徐々に取り戻した経緯がありました。(戻ってから2年ほどで寛解に至りました)


最後に私が仙台に戻った際の心境を民謡「椰子の実」のワンフレーズに託したい所存です。

新たなり流離の憂海の日の沈むを見れば激り落つ異郷の涙思いやる八重の汐々いずれの日にか国(仙台)に帰らん」仙台に戻って私がどんなに癒されたのか?読者の皆さんにはこれをお含み頂ければ大変幸いに存じます。


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2七百横町
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